第17話 過去と手紙と夢

 ルーキスの姿を模したカメレオンは瓦礫の上に腰掛け、優雅に二人を見下ろしている。かたや本物のルーキスは、魔女に抱えられた状態で辟易した表情を浮かべていた。



「チッ、自分に見下ろされるってのは気分が悪ィ……おい魔女、結局アイツはお前の知り合いなのか?」


「直接的な面識はありませんね〜。ただ、私の仮称が〝微睡みドルミールの魔女〟であるように、名のない魔女にもそれぞれ仮称が存在します。彼女の場合は、〝擬態デギズマンの魔女〟」



 擬態デギズマンの魔女──その仮称を紡ぎ、魔女は続ける。



「魔女の仮称は、主にその魔女が得意とする魔法を軸にした称号を与えられるのです。私の場合は睡眠魔法ドロームなので、〝微睡み〟の称号を。彼女はおそらく模倣魔法ミミック……なので、〝擬態〟の称号を持っているわけですね」


「へえ、なるほど」


模倣魔法ミミックは扱いが難しく、使える魔女は限られます。しかも彼女は機械化していますし、おそらくもう、この世から去った過去の方なのでしょう。となると、私の知る限りでは、はるか昔に国を出た擬態デギズマンの魔女しか思い当たりません」



 憶測を並べ立てる魔女。そんな彼女の発言に対し、カメレオンはパチパチと手を叩いて称賛した。



「お見事、さすがは魔女様。落ちこぼれの名も無き魔女ジェーン・ドゥとは言え、その賢さには感服いたします」


「はわわ、褒められてしまいました〜。えへへ」


「いやだいぶ皮肉だぞ」


「クク……本当に能天気で、お二人の仲も良くて羨ましい限りですね。ターニャ様が見たら嫉妬に狂ってあなた方を殺そうとすることでしょう」



 ルーキスと同じ顔で口の端を上げ、彼女は楽しげに目を細める。


「ですが、ターニャ様の手を煩わせるまでもありませんね」


 続けたカメレオンは、好戦的に舌を舐めずった。「来るぞ」とルーキスが低く忠告し、警戒を強めた刹那、カメレオンは腰掛けていた瓦礫の上から彼らの元へと降下する。



「このワタクシが直々に、あなた方を殺してさしあげ──」


 ぶすっ。


「ましょ痛ッたァァァァッ!?」



 ドシャッ。

 着地したカメレオンは台詞を言い切る前に膝から崩れ落ちた。困惑した様子で脂汗を浮かべ、目を白黒させる彼女。ルーキスと魔女は地面に転がったカメレオンを見下ろし、ぶるぶると震えている彼女の脚を見た。



「……あらま。擬態が完璧すぎて歩行補助マシーンがついてます」


「うっわあ」



 状況を痛いほど理解したルーキスは哀れみに満ちた目でカメレオンを見つめ、口元を手で押えた。

 どうやら彼女はルーキスの姿をそっくりそのまま模倣してしまったがゆえ、脚に装着された歩行補助マシーンの足ツボまで綺麗に模倣されてしまったらしい。


 カメレオンは何が起こったのか分からないとばかりに混乱している。



「ちょ、なッ、何!? 何これめっちゃ痛ァ!? 足の裏に何をつけているんですかあなた!?」


「足ツボ」


「なんちゅう凶器と一緒に生活してんです!? 人間やば!! マゾすぎるでしょ!!」


「まさかウメコヴィが作ったクソ機能がこんなところで役に立つとは」



 ルーキスが呆れ顔で呟けば、それまで痛がっていたカメレオンは表情を歪めたままぴくりと反応した。


「ウメコヴィ……?」


 その名を低く繰り返し、ゆらり、顔をもたげた彼女はいびつに口角を上げる。



「ふっ、はは……っ、ああ、なるほど、これはウメコヴィ博士の発明品でしたか。そういえば少し前に、彼女の研究室を機械人形オートマトンに襲わせた際の記録映像の中にあなた方の顔が残っていましたね。ククッ、まったく、忌々しい……」


「なあ、コイツ、機械の体なのに何で足ツボで痛がってるんだ?」


「先ほどご自分で『体を半分共有している』と仰っていましたし、元の体はターニャさんという方のものなのではないでしょうか〜」



 最初に告げられた言葉を思い返し、魔女は笑顔で答えた。



「おそらく、体の大部分は生身の人間、ほんの一部が機械化しているということなのでしょう。現に私の睡眠魔法のせいで、ターニャさんの意識は眠っているようですし」


「……じゃあ、ターニャが機械になってんのは、死んで蘇生されたってわけじゃないんだな……?」


「はいっ、きっとそうですね! 魔女は生者の名前をくっきりと見ることが出来るんですが、ターニャさんの名前はしっかりと見えていましたので、彼女自身はまだ生きていると思います! そして足ツボで痛がるということは内臓が悪いです!」


「余計な情報まで付いてるが、そうか……アイツ、ちゃんと生きてるんだな」



 ルーキスは密かに安堵し、よかった、と小さくこぼした。カメレオンは鼻で笑い、魔女の目を見遣る。



「クク……ああ、よくわかっておられますね、魔女様。最初に申し上げた通り、ワタクシとターニャ様は利害関係が一致した協力関係。人間であるターニャ様のお体の一部に、ワタクシの機械の体を埋め込んでいるのです」



 くつくつと喉を鳴らし、ルーキスの容姿を真似ているカメレオンは長い前髪を掻き上げた。

 本来傷が走って潰れているはずの左目には、黒々とした義眼が埋め込まれ、周辺の機械的な部品すら剥き出しになっている。どうやらあれが、〝カメレオン〟の本体らしい。


「利害関係ってのは、何のことだ」


 険しい顔で問うルーキス。同じ顔でありながら、カメレオンの表情は実に楽しげだ。「お答えしましょう」と彼女は続けた。



「ターニャ様の望みは、蘇生機構ゴーレムの技術で、アダム様を含めた孤児院のみなさまを生き返らせること」


「……!」


「一方でワタクシの望みは、健康的でよく動く、若く新しい体を得ることでした。百年ほど使っていた機械人形オートマトンの体はどこもかしこも錆びついてしまっていましたからね。ですので、我々は協力関係となり、先日ウメコヴィ博士の研究室を襲ったわけです。……まあ、蘇生に必要なものは手に入りませんでしたが」



 最後はいささか残念そうに語り、カメレオンは体を起こす。


「しかし、どうです? 悪くはない話でしょう?」


 挑戦的な視線を向けられ、ルーキスは冷たく目を細めた。



「ワタクシは擬態した者の人生を読み取れる。あなたの過去の行いも、もちろん読み取れているのですよ」


「……俺の過去を読み取ったから何だってんだ」


「あなたは自身の行いを悔いている。アダム様を殺した自分を責めている。眠るたびにあの日の悪夢を見てしまう日々など、もううんざりでしょう? けれど、ワタクシの技術さえあれば、彼らを生き返らせることができる。あなたの罪をなかったことにできるのです」



 流暢に語るカメレオン。ルーキスは目を逸らして黙り込む。


「そして、ターニャ様が手紙に記したあの日の約束も、実現させることができる」


 さらに続いた言葉に、彼は深いため息を吐きこぼした。



「……実現なんか、できるわけないだろ」



 言い切ったルーキスの脳裏に蘇るのは、幼き日のターニャと、彼女を可愛がっていたアダムの姿。

 孤児院の片隅で、アダムに字の書き方を教えてもらって、拙い文字で手紙を綴って、ルーキスのもとへ走ってきて。



『──ルー兄、ターニャとの約束ね』



 はにかみながら手紙を渡した、純粋無垢な彼女。微妙な表情でぎこちなく笑ったルーキス。


 まだ互いに子どもだったあの頃、兄妹のように共に育った仲間同士のやり取りを、背後からそっとアダムが見守っていることに彼は気づいていた。

 渡された手紙の内容にルーキスはいささか困りもしたが、幼い妹分の描いた夢は、実に可愛らしいとも思えて。


『ああ、いいよ』


 ややあって紡いだ肯定の言葉。手紙の返事を聞いたターニャは上機嫌に小躍りし、その場から走り去っていく。

 彼女がその場を離れた後、ニヤつきながらやってきたアダムは、肘で楽しげにルーキスを小突いた。



『いよっ、色男! 可愛い妹分と、ついに将来を誓い合っちまったなぁ!』


『……それはお前もだろ、アダム』



 やれやれと嘆息し、ルーキスはターニャの書いた手紙を見せる。

 その文面には、ルーキスとアダム、そしてターニャの名前が記されており、


〝おおきくなったら、三人でけっこんして、ずっといっしょにくらそうね〟


 そう記されていた。



『まったく、どうせまたお前が入れ知恵したんだろ? 三人じゃ結婚できないってこと知ったら、拗ねて口きかなくなるぞ、アイツ』



 呆れ顔でじとりとアダムを見る。彼は楽観的に笑い、『いいんだよ、夢は見れるうちに好きに見せてやらねーと』などと言ってルーキスの肩を引き寄せた。



『ちなみに、俺の夢は王国騎士になることだぜ! 最年少で試験に合格して、誰よりも強い騎士になるんだ!』


『はいはい、知ってるよ。何回も聞いた』



 もはや聞き慣れてしまった彼の夢。肩をすくめて薄く笑えば、アダムは不意にルーキスを見遣る。



『で、お前は?』


『え?』


『お前にも夢のひとつぐらいあるだろ? たまにはお前のも教えろよ、ルーキス』



 好奇に満ちた視線が注がれ、問われたルーキスは反応に困った。夢や目標なんて、誰かの口から聞くばかりで、自分で描いた試しなどない。


『……別に、俺は、平穏に暮らせたらそれでいい』


 率直に返せば、アダムは期待が外れたとばかりに落胆して身を乗り出してくる。



『えー、つまんねえやつだな! 少しぐらいやりたいことねえのかよ?』


『やりたいことって言われても……』


『言えよ、小さいことでもいいから!』


『……はあ。そうだな、しいて言うなら……』



 距離の近いアダムを肘で押し返し、ルーキスは顔を逸らして、いささか声を窄めた。

 夢や、目標なんて、明確には何もない。けれど、願うことなら、少しだけある。



『……お前と、ずっと、友達でいることかな』



 小さな声で告げた途端、しん、とその場が沈黙に包まれた。たちまち背筋が冷え、恐る恐る、アダムを見遣る。すると、目が合った彼は笑いを耐えるかのように口元を緩めて震えており──カッ、とルーキスの顔には熱が集中した。

 直後、アダムは噴き出す。



『ぶっ……ははッ! あっはははッ!!』


『~~っ、わ、笑うな! お前が夢を言えって言ったんだぞ!』


『いやー悪い悪い、くくっ、お前ってほんっと可愛いヤツだな〜、ルーキス』


『バカにしやがって……!』


『でも、俺もそうだよ。一番の夢はそれだ。そして、ターニャの夢も』



 満足げに頷き、破顔したアダムと目が合う。ルーキスは言葉を詰まらせ、気恥ずかしげに顔を逸らした。



『ずっと一緒にいようなっ! 家族みんなで!』



 ──たとえ、これから何があっても。



 アダムの言葉を耳で拾い上げ、唇を尖らせながらも小さく頷いた少年時代。

 何があっても一緒にいようと言っていたのに、結局、夢も約束も、すべて砕けてバラバラになってしまった。


 今でもずっと、あの日々のことを思い出す。

 いつだって明るく笑って、夢を語っていたアダム。その背に隠れ、兄たちを慕っていた、恥ずかしがり屋なターニャ。

 彼らの描いた華々しい未来の夢を壊してしまったのは、他の誰でもなく、ルーキス自身だった。



「……たとえアダムが生き返ったとしても、そいつはもう、俺らの知ってるアダムじゃない。ターニャとの約束も、二度と果たせない」



 ルーキスは目を閉じ、記憶の中にいる兄妹の姿をかき消して、歩行補助マシーンの電源を入れる。カメレオンが訝しむ中、彼は抱えられている魔女の腕の中から降りて地面に足をつけた。


「お前の夢は何だ、擬態デギズマンの魔女」


 問いかけ、ルーキスは剣を向ける。カメレオンは首を傾げた。



「はい? 夢? そんなものは必要ありません。ワタクシは万物を模す者。夢や目標など持たずとも、手に入れたければ、欲しがるままに手に入れることができる。あなた方のような凡人とは違うのです」


「そうか、なら質問を変える。……お前はすべてが手に入るはずなのに、何がそんなに満たされていないんだ」


「……は……?」



 カメレオンは言い淀み、言葉を失う。


「満たされて、ない……?」


 ややあって声を紡ぎ出し、納得がいかないとばかりに目尻を吊り上げた。



「な、何を、ふざけたことを……! 今の言葉は訂正なさい!! ワタクシは変幻自在のカメレオン! 望んだすべての者になれる、どの魔女よりも名を得た魔女! 下等な人間が戯言をのたまうな、ワタクシが満たされていないはずがない!!」


「確かにお前は、何かを欲したとしても、欲したものを持つ他の者に成り代われるんだろうな」


「ええそうです、ワタクシはすべてが満ち足りている!! 仮に欠けた部分があったとしても、それすら模倣して埋めればいい!!」


「きっとお前は、お前が望めば何者にでもなれる。だが──お前は、どう足掻いても〝自分自身〟にはなれない」



 冷静に己の見解を投げ放てば、カメレオンは瞠目して押し黙る。

 どう足掻けど、自分自身にはなれない──その発言に奥歯を噛み締め、「黙れ……」と忌々しげに声を絞り出した。



「あなたのような平凡な人間に、一体何が分かるのです……ワタクシの何が……!!」


「何も分からねえよ。擬態してない〝お前〟のことなんて、誰も知らない」


「黙れッ、黙りなさい!! ワタクシはどの魔女よりも名を得た!! 数多の名を冠するワタクシには万物を統べる資格が──」


「ほら、それだよ、それ」



 ルーキスは顎で彼女を指し、呆れた表情で言い放つ。



「お前が一番名前を持ってるはずなのに、誰よりもお前が、〝名前〟に固執してんだ」


「……ッ」


「お前、本当は名前が欲しいんじゃないのか」



 ──自分だけの名前が。



 ルーキスの言葉はカメレオンの核心を突き、彼女は肩をわななかせて奥歯を軋ませる。ぎりぎりと音が鳴るほど強く噛み込んだ彼女の擬態は徐々に解け、元のターニャの姿へと戻り始めていた。


 その脳裏に浮かんでいたのは、気が遠くなるほどの昔、バルバロウという国すらまだなかった頃──彷徨い歩いていた自分に『発明の手伝いをしてくれないか』と誘いを持ちかけてきた変わり者の顔。


 派手なパーティー帽子をかぶり、ヘラヘラと笑って、廃油まみれの手で。〝助手くん〟とか〝弟子ちゃん〟とか、適当な呼び名を授けて。



『──あっ、そうだ! 君の呼び方は、今後こうしよう』



 嫌々押し付けられたあの日の名前が、もう、思い出せない。



「……アイツが……! ウメコヴィが、ワタクシに呼び名さえ与えなければ、今頃は……!」



 ターニャの姿に戻った彼女。震えながら立ち上がったカメレオンを見つめ、「やっぱり」と魔女は呟いた。


「あなた、過去に名前を与えられていたんですね」


 一歩、前へ出た魔女。

 切なげに目を伏せ、自身の胸の前で両手を重ねて、言葉を続けた。



「私たち魔女には、年月による寿命がありません。魔女が死ぬ時……それは、自分に授けられた名を呼ぶ者が、誰もいなくなってしまった時」


「……うるさい……!」


「魔女にとって、名前は命と同義です。魔女の一生は名を授けられてから始まり、そしてその名を呼ぶ者がいなくなった時、名のある魔女は名も無き魔女ジェーン・ドゥに戻ってその生涯を終える」


「黙れ……」


「あなたは自分で名を捨てることで死を選び、転生したわけではない。生前、あなたはちゃんと名前を持っていた。……けれど、その名付け親が死んでしまったがために、あなたも……」


「──ウメコヴィが!!」



 叫ぶように声を張り上げ、カメレオンは自らの顔を覆う。

 暗くなった視界にぼんやりと浮かんでいたのは、あの頃、唯一自分を見ていた変わり者の顔。


「ウメコヴィが、ワタクシに、勝手に名前を付けた……」


 声を小さく振り絞り、彼女は地面に膝をついた。



「名前などいらなかった。そんなモノがなくても、ワタクシは魔女として生きていけると思っていた。煩わしかったのです、ウメコヴィ博士の呼ぶ、あの名前が。勝手にワタクシを一人前だと認めてしまった彼女が」



 ──だから、名付け親を殺したのです。



 そう続けたカメレオンの言葉に、魔女は黙って耳を傾ける。ルーキスもまた、彼女に向けた剣先を背けることなく話を聞いていた。


「名を失い、この身が朽ちたとしても、ワタクシには蘇生機構ゴーレムがあった」


 か細く、カメレオンは続ける。



「ワタクシはウメコヴィ博士に黙って秘密裏に機械人形オートマトンの体を完成させ、自我と魔力のバックアップを取っておいたのです。そうして転生に成功したあと、ワタクシはバルバドという名を自ら名乗った……性別も種族も関係のない、新たな生命体になろうとして……」


「……」


「ウメコヴィ博士から貰った名前は、バックアップに残しませんでした。もう必要ないものですから。ワタクシはたくさんの名前を手に入れることができるのですから。……しかし──」



 一度、カメレオンは言葉を区切った。

 ややあって、一呼吸おいたのち、「……不思議ですね」と呟き、彼女は遠くを見つめる。



「もう、何一つ思い出せないというのに、あの名前が、ずっと……心のどこかに引っかかっているのです」


「……擬態デギズマンの魔女、あなたは──」



 魔女は同族を見つめ、いまだ遠くを見ているその視線を追いかける。



「……あなたは、遠い過去に授けられた自分の本当の名前を、ずっと探しているのではないでしょうか」


「……さあ、どうでしょうね」


「もし、そうなのだとしたら……きっと、先生は答えてくださると思います。ウメコヴィ先生に直接聞いてみましょう」



 微笑み、魔女はそっとルーキスに剣を降ろさせた。カメレオンは訝しげに魔女へと視線を移す。



「……は? あなた、何を言っているのです?」


「ですから、ウメコヴィ先生なら知っているはずですし、直接聞いてみましょうって言いました。昔、あなたにどんな名前を付けたのか」


「な……! ま、まさか、ウメコヴィ博士が近くにいるとでも言うのですか!?」


「ふふっ、もちろんです〜っ! ほら、ここに!」



 ひょいっ。

 魔女は底抜けに明るい笑顔を振り撒き、背後からルーキスを持ち上げる。「うおぁ!?」と驚いて剣を取り落としたルーキスに構わず、魔女がカメレオンの目の前に晒したものは──


 バッキバキに画面が粉砕された、歩行補助マシーンの膝モニターで。



「…………何コレ」



 ジトリ、死んだ魚のごとき目をしたカメレオンの口からこぼれた問いに、魔女は答える。



「ウメコヴィ先生です」


「いや何が? このバッキバキの汚い膝が?」


「えーと、先日あなた方がけしかけた機械人形オートマトンに襲われた後、煩悩の数のバックアップを駆使されて、先生はルーキス様の膝にご転生なさったんですけど、今はモニターが破壊されて死んでおられる状況です」


「何ひとつ分かりません」


「おい魔女、抱えるなら声ぐらいかけろ!! 剣が落ちちまっただろうが相手に武器取られたらどうすんだ!!」


「タンコブ出来ちゃいます〜」


「だから斬られてタンコブで済むのお前だけなんだよッ!!」



 怒号が響くと共に、重たい空気は一変。いつも通りの不毛な会話が飛び交い始め、ルーキスと魔女は口論を始めてしまう。「そもそもお前が」「でもルーキス様が」などと言い合う二人を眺め、カメレオンは呆れ顔で肩をすくめた。


 彼らの様子はまるで、突飛な博士の破天荒さに振り回されていた、過去の自分たちそのものだ。



『──』



 あの頃自分が何と呼ばれていたのか、もう、思い出せないけれど。



「……はあ、調子が狂う。わざわざ武器を取り上げるまでもないですよ」



 カメレオンはため息まじりに呟き、二人の口論の中に割り込む。ルーキスは警戒した様子だったが、彼女は白旗でも上げるかのように両手を上げて「何もしませんのでご安心を」と付け加えた。



「本当はターニャ様のためにも、あなた方を殺してさしあげようと思ったのですがね。無能な名も無き魔女ジェーン・ドゥなど、わざわざワタクシが相手取る価値もない。王国を捨てた野良犬風情の傭兵ゼルドナもね」



 皮肉を混ぜながら続けて、カメレオンは背を向ける。


「来なさい、無能なお二方」


 彼女は振り向き、ルーキスと魔女に手招いた。



「過去の親友に会わせてあげましょう」

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