第11話 王は墓に在らず
「ウメコヴィ先生~~~っ!!」
取り乱す魔女は悲鳴に近しい声を上げ、ルーキスを抱いたまま博士の屍に駆け寄っていく。
完全に機能が停止しているウメコヴィ。どうやら先ほどの
「ああ、ウメコヴィ先生……!」
魔女は青ざめ、ウメコヴィに触れる。その一方で、やはりルーキスに動じる気配はない。
彼は謎の死を遂げたウメコヴィを冷ややかな目で眺め、「腹減ってきたな……」などとすら考えていた。
「つ、冷たくなっています……っ、ウメコヴィ先生が……! 死んでいます〜!!」
「別にいいだろ死んでも。あと機械なんだし元々温度なんかないぞ」
パニックになる魔女を落ち着かせ、ルーキスは面倒くさそうにウメコヴィの状態を確認する。
見た限りでは、首の配線がいくつか切断され、右胸に穴があき、機能が完全に停止しているようだ。
「中の動力源が抜き取られてるな。さっきの
「うっうっ、ウメコヴィ先生……」
「豚の機械も壊れてやがる……妙だな、動力源なんか持ってってどうするつもりだったんだ」
『はあ〜ホントだよねえ。急に襲われてびっくりしたじゃないかぁ、まったく~』
と、その時。突として耳に届いた声。
一瞬にしてルーキスは硬直し、悪寒を感じ取った。
明らかに聞き覚えのあるその声は、彼のすぐ近くで放たれている。ルーキスは眉間に深い皺を寄せ、恐る恐る、視線を下へと落とした。
彼が視界に捉えたのは、脚に装着している歩行補助装置──の、〈膝〉部分。
そこは液晶モニターも搭載されているのか映像を映し出すことができるらしく、膝の皿を覆う液晶の中に、たった今壊されたはずのウメコヴィの顔が映し出されていて──
ガッシャン!!
つい反射的に、ルーキスは彼女が映っている液晶を拳で叩き割った。
「……ふう、目が疲れてやがるな」
「……? 今、ウメコヴィ先生の声がしませんでした?」
「気のせいだろ」
真顔で答えるが、今度は反対側の膝モニターが起動されてしまう。『ゥおおおおいゴルァ!!』と怒号を発したウメコヴィは、画面いっぱいに顔を押し付けて怒りをあらわにした。
『テメッ何しやがんだこのクソガキャァ!! あまり興奮させるなよ膝ごと爆発させたろか!?』
「チッ、仕留め損ねたか、しぶといな……」
「はわっ、ウメコヴィ先生!? 生きていたんですか!?」
『ふっふっふ、私をあまり舐めるなよ。
「煩悩減らせ」
冷たく吐き捨てるルーキス。辛辣な態度に昂ったウメコヴィは『興奮しますッ』といつもの鳴き声を叫んだのち──コホン、気を取り直して咳払いをひとつ。
『そんなことより、諸君。今しがた私の体をぶっ壊した
画面の中で、彼女は語り始めた。
『おそらく、奴は私の
「はあ? チップ? 何のデータが入ってたんだよ」
『死した命の意思を残したまま、
「!」
ルーキスは吐きかけた皮肉を飲み込む。瞠目している彼の傍ら、ウメコヴィは続けた。
『その名も〝
彼女の視線を追って魔女が残骸の中を物色すれば、確かに小さな基板が出てきた。
「これですか?」
『うむ。この中には、
「不老不死……」
『晩年の私はその発明に尽力していたんだが、試作の段階で作ったステラⅠ号が何者かに改造され、爆死することとなってしまってね。しかし、実験段階で密かにバックアップを取っておいた私の意思だけは死後も機能してくれた。皮肉なことに、自分の死によって、生涯を費やした発明品が完成したというわけだ』
ウメコヴィの昔語りに耳を傾けつつ、ルーキスは魔女から基板を受け取って眺める。
おそらく、機械を従えていた第三者の指示によって。
「実行犯に心当たりは?」
問い掛ければ、ウメコヴィは『なくもないが、確信はない』と答えた。
『そもそも、私が動力源の内部に基板を隠していることを知っているのなんてかつての開発チームにいた連中ぐらいだ。復元システムを兼ねていたステラまで壊されたのを見れば、少なくとも私のことをよく知っている誰かの仕業だろう。しかし私が死んだのは百年以上も前……そいつらが今も生身で生きているとは思えん』
「〝生身〟って言葉をあえて使うってことは、生身じゃなけりゃ生きてる奴がいるってことだろ」
『賢いじゃないかルーキスくん、その通りだ。私の勘が正しければ、私が開発した
彼女は流暢に推論を並べ立て、遠くに目を向ける。
ガラクタだらけの室内に視線を巡らせ、懐かしむように目を細めた。
『百年以上前か……私が生きていた頃、まだこの場所はただの砂だったな』
「……確かに、バルバロウがひとつの国家として認められてから、まだ百年経っていませんものね」
『ああ、この国の歴史は浅い。しかし私の死後、この国は飛躍的な発展を遂げ、最先端の発明国家となった。それは、一体誰のおかげだったと思う?』
冷静に問うウメコヴィ。
ルーキスは黙っていたが、その問いに魔女が答える。
「バルバド一世、ですよね……? 大昔に人工オアシスを完成させたっていう……」
『そう、この国は発明王と呼ばれた初代国王・バルバドによって造られた国。人工オアシスの誕生と共にこの国は急速な発展を遂げた。……しかし、今の玉座は空席。というのも、バルバドは妻子も作らぬまま没してしまい、王家が一代で途絶えたから──と言われている』
「……俺らにその話をするってことは、お前はバルバドに不信感を持っているのか?」
『ふふ、やはり君は賢いよルーキスくん。その通りだ』
不敵に笑い、ウメコヴィは続けた。
『そもそも、人工オアシスの発明に尽力していたのも、元はと言えば私だしな』
彼女の発言に、ルーキスと魔女は顔を見合わせる。
「人工オアシスを、ウメコヴィ先生が……?」
『ああ、完成の一歩手前までは私が開発を進めていた。しかし私の死後、バルバドという名の何者かが私の発明を奪い、さも自分の成果であるかのように世間に公表したんだ。ぶん殴りたかったが、所詮は死人に口無し……私には何も出来ない』
「お前、死人は死人だが、バックアップ取って転生に成功してたんだろ? 文句ぐらいなら言いに行けたんじゃないのか?」
『当時はまだ体がなかったからね。
語りながらウメコヴィは頷き、長く続いた昔話はついに結論へと辿り着いた。
『ただの憶測に過ぎないが、
導き出された答え。魔女はふむふむと興味深く頷いていたが、ルーキスは興味なさそうに話の腰を折った。
「まあ、そんなことはどうでもいい。とりあえずお前は、取り急ぎこの不愉快な歩行装置を外してくれ」
さらりと話題を切り替える彼。するとそれまで流暢に語っていたウメコヴィが突然口ごもり、露骨に目を泳がせ始めた。
妙な反応にルーキスが眉をひそめる傍ら、彼女は『え、えっとぉ〜……それなんですけれどぉ……』などと言いにくそうに口火を切る。
『じ、実はねえ、そのねえ、えーと、歩行補助マシーンはちょっと繊細な子っていうかぁ、さっきの戦闘でロックの解除キーがリセットされちゃったというかぁ、なんというか〜……』
「……あ?」
『いやあ、ほら、私の体もステラちゃんも破壊されちゃったジャン? でも発明品のほとんどは私の内部にあるコンピュータ経由で管理してたっていうか、その、つまりマザーコンピュータが破壊されちゃったことで緊急システムが作動しちゃってェ、その緊急システムを解除するためのキーを持ってたステラちゃんも壊れちゃったというか、ほらあ、わかるかな〜』
「結論から言え」
『結論から言うとそのマシーン二度と外せないかもしれない! てへっ!』
──ドガシャァッ!!
無意識のうちに拳が飛び出し、ルーキスは派手に液晶画面をぶち壊す。ふざけた顔でウインクしていたウメコヴィは画面から消え去り、両膝のモニターを破壊したルーキスの背後では「はわああああ!! ウメコヴィ先生がああ〜〜〜ッ!!」などと悲嘆する魔女の叫びが響くばかりなのであった。
◇
一方、その頃。
バルバロウから少し離れた砂漠地帯の真ん中では、眼帯をつけた青髪の女が朽ちた廃墟の柱に寄りかかり、機械人形から送信された戦闘データを吟味していた。
サイドの髪を編み込んだ彼女は切れ長の目を細め、砂漠に吹く黄色い風を見つめている。汗ばんだ褐色肌。張り付く砂をうざったそうに拭い、彼女は眼帯の裏側に隠した義眼に受信したデータを読み込んだ。
「……
義眼を通し、脳に直接注がれる情報に歯噛みした女は忌々しげに表情を歪める。
他人に脳内を物色されているような気味の悪い感覚にはいまだ慣れないが、彼女は憤る感情を抑えて深呼吸をした。
『
ふと、耳に装着していた端末から不意に別の声が響く。機械的な音声に「ああ、流してくれ」と頷いた彼女。この機械音声と意識を共有していることが、彼女にとっては当たり前だった。
音声は『承知いたしました』と紡いだのちに、壊された
が──そこに映る人物を見た瞬間、彼女は息を呑んで
「……!」
『どうされました?』
荒い映像の中、長い黒髪を無造作に結い、足ツボの痛みに悶えてうずくまる男。顔にある古傷が特徴的な彼の顔を凝視し、女は掠れた声を放つ。
「……いや……。知ってる顔が、いるみたいでな……」
『ほう、知り合いとは珍しい。あなたの家はもうないのですから、旧知の存在などほとんどいないのでは?』
「ああ……だが、こいつ……生きていたのか……」
女は顔を顰め、無意識のうちに唇を強く噛み締める。首から下げたペンダント。それを握り締める手にも力が込められた。
『親しい友人ですか?』
機械音声の問いかけに、「まさか」と彼女は即答する。
「あたしに友人なんていない。特にこいつは、絶対に友人なんかじゃない。友人だなんて、反吐が出る……」
『ふむ、では、一体どんなご関係で?』
「……」
黙り込み、女は握り締めていたペンダントの中身を開いた。そこにおさめられた古い写真には、花畑の中で笑う少年少女が、三人仲良く写っている。
「あいつは、あたしの大事な人を殺した」
か細くこぼれる言葉。機械音声は無機質ながらも楽しげに喉を鳴らした。くつくつ、まるで耳元にいるかのように笑い声が注がれる。
『それはそれは、面白い。いずれ会うことになりそうですね』
「……フン。いいから帰るぞ、気分が悪い」
『ええ、仰せのままに。それでは参りましょうか──ターニャ様』
砂塵の中で青髪を揺らめかせる彼女──ターニャのペンダントの内側には、拙く幼い字で、〝アダム・ルーキス・ターニャ〟の名前が彫られていた。
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