第10話 ダイヤモンド頭


 天から振り落ちてくる雷撃のごとき鋭い痛みは、崩れ落ちたルーキスの足底で、いまだ猛威を奮っている。


 ウメコヴィが作った無駄すぎる機能・足ツボへの殺意をけぶらせる彼の傍ら、機械人形兵オートマトンは手のひら内部に搭載された巨大な刃をすらりと伸ばし、ルーキスとの距離を容赦なく詰めてきた。


 脅威が迫り、ルーキスは痛みに耐えて立ち上がる。歩行補助マシーンは一応しっかりと彼の脳波を読み取っているらしく、力の入らない脚を強制的に動かして敵の攻撃を避けた。

 彼は俊敏にその場を飛び退き、身軽に着地する。──が。



「ぐあああッッいっってえええッ!!」



 ぶすり。地面に着地する度、凶悪な足ツボが猛威を振るう。

 激痛をともなって力が抜け、ルーキスは脂汗を浮かべながら唇をわななかせた。



「く、くっそがァ……! あの博士、絶対あとでぶっ殺す……!!」


「ルーキス様っ、がんばってください! 足ツボに負けないで!」


「ちくしょう、俺は何と戦ってんだよ!?」



 涙目にすらなりながら、ルーキスは再び迫ってきた機械人形兵オートマトンの攻撃を避ける。

 機械との戦いには慣れている彼だ、普段であれば苦戦などするはずもない。だが、無防備な足裏から迸る足ツボの痛みは、彼の肉体と精神的な負担を着実に蓄積させていた。

 加えて、機械人形兵オートマトンによる攻撃は一撃一撃が非常に重い。己の剣で受け止めて防ぐことも可能だが、そうした場合、自身の体重と剣撃の圧に加算された負荷がダイレクトに足裏へと襲いかかる──それはすなわち足ツボの殺傷力がことさら上がることを意味しており、今の彼にとっては致命傷になりうる危険性を孕んでいた。


 つまり、現在、ルーキスは回避に徹するしかない。しかし回避しても足ツボが痛い。何をしても苦行だ。もはや拷問である。


「ああクソ、埒があかねえ……!」


 足裏の限界も近く、感覚すら麻痺してきた。気が狂いそうになっている彼の傍ら、それまで傍観していた魔女は「援護いたします!」と加勢にやってくる。



「私の魔法で敵の動きを止めますので、その間にルーキス様は攻撃を!」


「それが出来るんだったら最初からやれェ!!」


「あわわ、ごめんなさい、下手に首突っ込むと怒られるかもと思ったので……」


「うっせえ怒らねえからさっさとしろ足が死ぬだろうがァ!!」


「えーん、とっても怒っていますぅ……」



 ルーキスに早口でがなり立てられ、魔女はめそめそと眉尻を下げた。

 ちょうど同じ頃合いで、機械人形兵オートマトンは標的を魔女に切り替えたらしい。長く伸ばした刃を天高く振り上げ、彼女に斬りかかろうと迫る。


「おい、面倒くせーから怪我はするなよ!?」


 念を押すように叫んだルーキス。

 その忠告に「はい、お任せください」と魔女は頷く。

 口角を上げた彼女は指先に魔力を込めた。


「さあ、おねんねのお時間ですよ」


 ふわり、色素の薄いロングヘアが、風に遊ばれ大きく広がる。

 魔女は機械人形兵オートマトンに向け、魔法を放った。



「──睡眠魔法ドローム!」



 唱えた直後、彼女の魔法は機械人形兵オートマトンの頭部に命中する。星屑のような淡い欠片が散り、一瞬動きを止めた敵は反動を受けて軽く背を反った。


 ……が、肝心の魔法が効いた様子はなく。

 そいつは何食わぬ顔で再び体制を整え、平然と刃を振り下ろす。



「あら?」


「機械に睡眠魔法が効くわけあるか危ねええッ!!」


「きゃあっ!」



 ──ドガンッ!


 重たい剣が振り下ろされ、背後に積み上がっていたガラクタは真っ二つに分断された。

 ルーキスは寸前で魔女を抱いてその場から飛び退いたが、着地する際に二人分の体重を受け止めた足底は壮絶な痛みを彼に授ける。


 「いっでえぇッ!!」


 絶叫したルーキスは、魔女を放り投げて膝をついた。



「う、ぐ……がぁぁ……ッ」


「あわわ、ルーキス様! 大丈夫ですか!?」


「ぐ、ぅ……っ、くそが……もう嫌だ……っ」


「大丈夫ですルーキス様、まだ立てます! 私のお手手を握ってください、あんよの練習いたしましょう! ハイハイからでも大丈夫ですよ、ほらタッチして〜」


「マジで今殴りそうだから話しかけるなクソ魔女……」



 怒りと痛みにぶるぶる震え、ルーキスは恨めしげに自身の剣を握って顔をもたげる。するとまさに、魔女の真後ろでは、機械人形兵オートマトンが殺意の籠った剣を大きく振り上げているところだった。


「っ、魔女ッ!!」


 ルーキスは思わず声を張り上げる。

 その声に反応し、振り向いた魔女。

 同時に無慈悲な一撃は振り下ろされ、彼女目掛けて刃が落ちて、そして──。



「あいたっ」



 ──ベキンッ。


 魔女の頭部に刃が触れた瞬間、それは真っ二つに折れてしまった。



「……は」


「イタタ……もう、痛いじゃないですか〜。タンコブできちゃいます〜」


「え、いや、タンコブ? お前いま頭で剣ぶち折ったぞ?」


「ごめんなさい、私すごく石頭で……」


「石頭どころかダイヤモンド頭ぐらいあるだろ」



 カランカラン、無機質な音を立てて転がる刃先。さも当然のように生きている魔女。

 ドン引きしているルーキスに構わず彼女は立ち上がり、「もお〜、危ないもの振り回しちゃダメですよ〜?」と唇を尖らせて、機械人形兵オートマトンの顔面をわし掴んだ。



「では、失礼いたします」



 メキョッ──ブチブチバキボキィッ!!


 有無も言わさず、えげつない音と共に機械の頭がもぎ取られる。バチバチとショートする機体。胴体から離された頭部。

 魔女は涼しげに微笑みを浮かべ、異音を発している機械の頭をチューブごと引っこ抜くと、何のためらいもなく投げ捨てた。


 ──ガッシャン!!



「はいっ、静かになりました〜!」



 バチッ、バチバチッ……。

 動作が凍り付き、火花を散らす機械人形兵オートマトン。立ったまま動きを止めた機械を背に、魔女は愛らしく笑顔を振りまいた。


 しかし、その瞬間──

 一度は機能を停止したかのように思われた機械人形兵オートマトンが、突として再起動する。


「えっ」


 暗い影が落ち、振り向く魔女。スペアの隠し刃を伸ばし、振り上げられた機械の手。すぐ近くまで迫っている脅威。

 頭部への攻撃がダメならばと、敵の刃は魔女の首を狙い、風を切る──



 ──ドスッ。



 だが、彼女が身構えた時にはすでに、ルーキスの剣が機械人形兵オートマトン右胸・・を貫いていた。



「……!」


「……油断するな。機械人形兵オートマトンの動力源は右胸ここだ。たとえ頭を吹き飛ばしても、心臓を破壊しなきゃこいつらは死なない」



 落ち着いた声で冷静に語った刹那、動力の供給を絶たれた機械はついに完全停止する。

 ようやく訪れた静寂。相手が壊れたことを確信したルーキスは深く息を吐き、剣を鞘に収めた。



「んっとに、何だってんだ、突然……」


「はわわ、びっくりしました……。えへへ、ありがとうございます、ルーキス様! やっぱり強くてかっこいいです~! あなたが守って下さらなかったら今頃どうなっていたか!」


「頭で相手の剣ぶち折ってタンコブで済むやつに言われてもな」



 遠い目をしつつ、ルーキスは額に手を当てて脱力する。

 先ほどまでは怒りで気が狂いそうだったが、一旦肩の力を抜いてしまうと、もはや怒鳴る気力も湧いてこなかった。

 三日三晩寝ずに戦った時よりも疲れたような気がする……などと考えながら座り込んで黙っていると、近寄ってきた魔女が不意にルーキスの体を抱き上げる。



「!」


「お怪我はありませんか? ルーキス様」



 優しく問われ、向けられた微笑み。

 ルーキスは眉根を寄せながらも、おとなしく彼女の問いに答えた。



「……足が痛い」


「ふふ、よく頑張りましたね。えらいえらい」


「はあ……」



 相変わらずの幼児扱いに辟易しながらも、憤慨する気力はなく。ルーキスは疲弊した表情で魔女に寄りかかって身を任せる。

 従順なその様子に、「まあ」と魔女は目をしばたたいた。



「ルーキス様が珍しく素直です〜、よっぽどお疲れなんでしょうか。ふふ、今夜は早めに休みましょうね」


「……そんなことより、さっさとこの装置外させろ。あのポンコツ発明家どこ行った」


「うーん、確かに。ウメコヴィ先生、どこに居るんでしょう……」



 首をかしげ、きょろきょろと周囲を見渡す。すると少し離れた場所に、目立つパーティー帽子の先端部分が見えた。


「あっ、見てくださいルーキス様! あそこに──」


 しかし、魔女が笑顔で近付いた瞬間、ウメコヴィの頭がかくりと下がる。


 硬直する二人が目にしたものは──右胸の動力源を破壊され、天高く拳を突き上げたまま──事切れている・・・・・・、ウメコヴィの姿だった。



「きゃああーーっ!? ウメコヴィ先生〜〜〜ッ!!」



 たちまち響いた魔女の絶叫。

 彼女が慌てふためく中、ルーキスは至極冷静に、冷めた目でウメコヴィの屍を見つめているのだった。



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