第8話 大天才機械人形


 魔女の鼻歌が楽しげな旋律を紡ぎ、頭の上から降り注ぐ。


 ルーキスは眉根を寄せ、簡素な着替えに身を包み、むくれた様子で車椅子に腰掛けていた。

 ほんのり頬を赤らめたままそっぽを向いている彼。その口元は、不服をあらわにへの字を描いている。



「綺麗になってよかったですねっ、ルーキス様!」


「……うるさい……くそ、悪夢だ……」



 ボソリと呟き、眉間を押さえた。


 これまで生きてきた中で、ルーキスは今日ほど恥辱を感じたことなどなかった。だが諸悪の根源たるこの魔女に、今の彼の気持ちなどわからないだろう。


 悪びれもなく顔を覗き込んで来ようとする彼女。ルーキスはそのツラを視界に入れてたまるかと頑なに目を逸らして拒むが、魔女は気にすらとめていない様子で「ふふ、ルーキス様の髪の毛、お花みたいな良い香りがします~」などと能天気に微笑むばかりだ。


 宿の浴室であれだけ隅々まで洗われたのだから当然だろうと悪態をついてしまいそうになりつつ、先ほどの痴態を思い出すと情けなさすぎて顔から火が出そうだった。



「チッ、嫌いだ……! 魔女なんか嫌いだ……!」


「えー? 私はルーキス様のこと大好きですよ? かっこよくて、可愛くて、とっても美味しいですし!」


「美味しいって何なんだよ、くそ……」



 噛み合わない価値観に嘆息すれば、突として車椅子が止まり、視界が暗くなる。

 訝しんだルーキスの顎には魔女の指が当てがわれ、誘うように顔を上向かされて──。


 ちゅっ。


 触れるだけの口付けが、不意打ちで唇に落とされた。



「……っ!?」



 人通りの少ない入り組んだ街の一角。

 ルーキスの思考がぴしりと固まる。

 身を乗り出して背後から彼の唇を奪い、ぺろりと舌なめずりをした魔女は、口角を上げながらルーキスの頬を指先で撫でた。



「……ほら、美味しい」



 囁いて、目を細める、妖艶さすら感じる表情。

 ルーキスは息を呑み、それまで頑なに見ようとしなかった彼女の顔に思わず見入ってしまいながら、ふつふつと体温が上昇する感覚を覚えた。


 至近距離で見つめられ、再び、彼女はゆっくりと唇を近付けてくる。

 ルーキスは我に返り、慌てて彼女との間に自身の片手を割り入れた。



「っ、やめろクソ痴女が!」


「ふびゅっ」



 べちんっ、顔面に手を叩きつける。「痛いです〜」と言いながらちっとも痛くなさそうな顔で離れた彼女に苛立ちつつ、ルーキスは熱を帯びる頬を隠すように俯いた。



「い、一応公共の場だぞ、場所ぐらい考えろ!」


「ルーキス様ったら心配性ですね〜。大丈夫ですよ、魔力は注いでいないので眠くなりませんから」


「そういう問題じゃねえんだよバカ!! つーか、だったら何のキスだよ今の!?」


「おやつ代わりというか……」


「俺を何だと思ってやがる!!」



 つい声を張り上げ、また苛立ちがつのっていく。

 言い分を聞く限り、『ちょっと一口いただきます』のノリで唇を重ねたようだ。


「だって口寂しいんですもの〜」


 などと主張する彼女に頭を抱え、「調子が狂う……」とルーキスは項垂れる。


 そうこうしているうちに、また車椅子は進み始め──けれど、ほんの少し進んだ先で再び動きを止めた。



「あ、着きました! ここに用事があったんですよ〜」


「……あァ?」



 眉をひそめ、顔を上げる。

 細い通路の突き当たり。人気ひとけの少ない街の一角。

 ルーキスの視線の先には、〝天才発明家の家〟などと雑に書き殴られた看板がぶら下がっていた。


 本人の似顔絵なのかオリジナルのキャラクターなのか、パーティー帽子をかぶってピースするふざけた顔のマスコットが、『ようこそ!』の一言とともに描かれている。



「……何だこの落書きは……無性に殴りたくなるな」


「え〜? 可愛いと思いますけれど……少し邪悪で禍々しい雰囲気がとっても愛らしいですっ」


「それ可愛いのか?」



 やはり噛み合わない価値観に呆れる傍ら、魔女は胡散臭さしか感じない謎の店──なのかすらよくわからない──の中に入っていく。

 悪趣味でチープな装飾物が散らばる店内へと足を踏み入れれば、チカチカと蛍光色に輝く謎の光線が、何の前触れもなく突然二人へと照射された。


「うわ!?」


 格子柄の模様を描きながら全身に照射される光線。やがてどこからともなく、『魔女様一名、人間様一名、ご来店』などと電子的な音声が耳に届いた。

 直後、床が自動的に動き始め、店の奥へと続く扉が開く。



「な、何なんだ……」


「身体検査みたいなものだそうです〜。安全が確認できたら中に入れるんですよ!」


「気味が悪い……」



 見慣れない装置に困惑する中、彼らは店の奥へと誘導された。しかしたどり着いたその場所は、店というより廃棄物を寄せ集めたゴミ捨て場のようだ。

 ガラクタの山が至るところに積み上げられ、足の踏み場もないほど散らかっている。当然車椅子では先に進むことができない。


「うわ、何だここ……」


 ルーキスは頬をひきつらせた。一方の魔女は慣れた様子で微笑み、その場で「先生〜」と呼びかける。

 するとその呼び声に反応し、雑多に散らかって積み上がったガラクタの山からは、派手な色のパーティー帽子をかぶった女児がひょっこりと顔を出した。



「ほァ……? その声は──まさか我が友、魔女ちゃんではないか!?」



 言うやいなや、〝先生〟と呼ばれた彼女はガラクタの山をぴょんと飛び出し、子豚型のクッションの上に乗り移る。


「スイーッチ! オンヌッ!」


 掛け声とともに浮き上がった子豚クッション。「プギー!」と鳴いたそれはエンジン音をふかし、猛スピードで前方へと直進した。


 だが、明らかにスピードが速い。



「んおぉッ!? やばい速度間違えた、うわッ待て待てストップストップッ……あっ無理だオアアーーッ!!」



 ──ドゴーンッ!!


 暴走の末、女児は積み上がっていた別のガラクタの山へと突っ込んでいく。

 その慌ただしい様子を見遣り、すでに帰りたそうなオーラを漂わせるルーキスが呆気にとられている背後で、「先生、今日も元気いっぱいですね!」と微笑む魔女は平常運転だ。

 面倒ごとに巻き込まれそうな予感をプンプンと感じ取ったルーキスは、「悪夢だ……」などと小さくぼやく。そんな中、件の〝先生〟は、よろよろとフラつきながら壁伝いに歩いてきた。



「ぐ、ぐぬぬ……子豚型移動装置ステラⅡ号は初速の微調整に改良の余地ありのようだ……腰のパーツが吹っ飛ぶかと思った……」


「プギ~……」



 ぷすん、ぷすん。煙を出して目を回している子豚型クッション。その尻尾を持って引きずり、先生は老婆さながらに曲げた腰を叩きながら遠い目をしている。


 見た目はまだ幼く、五歳か六歳ほどの年齢に見えた。ゆるく着た黄色いニットはぶかぶかで、裾が膝丈まであり、まるでワンピースを着ているかのよう。

 そこから伸びる鈍色の脚にはネジや金具が埋め込まれ、どこか機械的──よもや、あれは義足なのだろうか?


 ルーキスが憶測を並べ立てる傍ら、「いいや、私は全身が機械だよ」と彼の心を読み上げたかのように彼女は答えた。



「初めまして、ルーキス・オルトロス。私は天才発明家、ウメーノ・コヴーキー・ウメコヴィドットⅠ号。本当の名前はもっと色々あるんだが、おそらく凡人の頭では覚えられまい。私のことはウメコヴィ先生、もしくは博士と呼ぶといいゾ」



 言いながら、ウメコヴィと名乗った博士は煙を出している子豚型のクッションにどすんと腰を落とす。「プギュッ!」と鳴く声も気にとめず、彼女は口角を上げた。



「そして、この子は子豚型人工生命体・ステラⅡ号だ。ステラちゃんと呼んでくれ。試作品ゆえに動作不良が多いが、長く私に連れ添ってくれている良い子だよ」


「プギギ……」


「……全身が機械? 人工生命だァ?」


「うむ、我々は機械人形オートマトンと呼ばれる人工生命さ。君も戦場に生きる戦士なら、一度ぐらいは機械兵士を見たことがあるんじゃないか? いまの時代の戦場における主力だと聞いている」



 何気なく紡がれた言葉に、ルーキスの表情が険しくなる。どうやら彼の本職が傭兵だということまで把握できているらしい。

 ウメコヴィは口角を上げたまま、「人工生命は私が最初に発明したんだ」と告げた。ルーキスはさらに眉をひそめる。



「……お前が発明しただって? 人工生命の誕生は今から五十年以上も前だ。初期モデルの試作品が出来たのはさらに大昔だったはず。創造者は確か、初期モデルの動作不良で爆発に巻き込まれて死亡……そのせいで開発が大幅に遅れたと聞いているが」


「んっふっふ、何を隠そう、それが私さ。そしてあの日爆発したのは試作型ステラⅠ号。さっきみたいに初速のスピード調整をミスって、壁に突っ込んだら爆死してしまったんだよ~アッハハハ!」


「全然笑える話じゃない」



 自分が死んだ話で大爆笑しているウメコヴィにドン引きしつつ、ルーキスは胸の前で腕を組む。


「つまり、何だ? お前の本体はすでに死亡した過去の人間……で、お前はその故人を模倣して作られた機械だってわけか?」


 並べ立てられた言葉に、ウメコヴィは笑い、「半分は正解、もう半分は不正解だね」と答えた。



「私の本体がすでに死んでいることは合っている。だが、私は決して故人を模倣して作られた機械ではない」


「……と言うと?」


「私は生前、〝私〟のバックアップを取っていた。そして私の亡き後、人形であるこの体に〝私〟のバックアップを移植したのさ」


「……」


「つまり私は、本来の〝私〟そのものである。自我を保ち、意志を持ったまま生き返った──世界初、自己転生を成し遂げた神である!」



 言い切り、ドヤ顔のウメコヴィはステラの上に立って決めポーズをする。ステラは呆れ顔で「プギプギ……」と目を細めており、静観していた魔女はぱちぱちと呑気に拍手を送っていた。


 天井ではミラーボールまで回り始め、ルーキスは深く息を吐き出す。


「おい、こんなヤツに一体何の用なんだ?」


 魔女に問いかけると、彼女は笑顔で答えた。



「ウメコヴィ先生、こう見えてとってもすごい人なんですよ〜。あっという間に何でも作ってしまうんです! きっとルーキス様の脚をサポートするものも、頼めば作ってくださると思いまして」


「……はあ、なるほど……」


「ふむふむ、なるほどぉ? ルーキスくん、脚が不自由になってしまったんだね? そうかそうか、それは可哀想にぃ」



 言いつつ、ウメコヴィはどこか恍惚と頬を緩めている。今しがた『可哀想に』などと憐れむような発言をした者の表情とは思えない。

 彼女はニチャアと不気味な笑みを浮かべ、じりじりとルーキスに近寄ってきた。


「どうする? 脚はもういらない? 切り落としてカッコイイのに付け替えてあげよっか? ボタン押すだけで飛べるようにしてあげる。ミサイル出るのとかどうかな?」


 早口でまくし立てながらにじり寄ってくる博士。かくして彼女がルーキスの脚に触れようとしたその瞬間、真顔のルーキスは一切の躊躇もなく彼女の顔面を殴りつけた。


 メキョッ。


 妙な音がしたのち、ウメコヴィは倒れる。



「ホギャーーーッ!? 何すんだテメッ顔はすんごい精密機器が何やかんや凝縮されて繊細なんですよ優しく扱ってくんなきゃぶっ壊れちゃうでしょおおお!?」


「悪い、無意識に殴った」


「は~~~ッこれだから今時の若いモンは!!」



 奇声を上げながら憤慨し、「痛いよおおお」などと半泣きでのたうち回っている彼女。しかし時折鼻息を荒らげ、「オヒョォ〜!!」「興奮します!!」などとも叫んでおり、その表情はどこか満足げだ。


 嬉しげにゴロゴロと床を転げ回っている博士の傍ら、ルーキスは半ば諦めたかのように虚空を見つめ、「帰りたい……」と小さく弱音を吐いたのだった。


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