第4話 トロッコ大脱出
「どこに逃げようってんだァ? お二方」
現れた山賊。行く手を阻まれたふたり。
すらりと長いサーベルを持ち、山賊のリーダーらしき筋肉質な男が問いかけてくる。周囲では先ほどすれ違った下っ端の男たちが三人、ニヤつきながら剣を構えていた。
「はあ、面倒だ……」
ルーキスはうんざりした様子で彼らを睨んだが、その背後からひょっこりと顔を出した魔女には、やはり危機感がない。
「わあ、先ほどの山賊さん方! 皆さんとても男らしくてかっこいいです〜」
「お前は出てくんな黙ってろ」
呑気な魔女の頭にゴツンと強めにゲンコツを落とせば、「ぎゃぴっ」と奇声を発してすごすごと顔を引っ込める。
そのやり取りを鼻で笑った山賊たちは、「おいおい、イチャイチャしてんじゃねえよ〜」「お熱いねぇ」などと揶揄を並べ立て、ルーキスは額に青筋を浮かべると不服をあらわに舌を打った。
「……ふざけやがって。こんなクソ迷惑な魔女とイチャつくわけあるか、口に気をつけろよゴミ共が……」
「ええっ!? 私、迷惑かけてますか!? どれですか!? 直します!」
「出会った時点からずっと大迷惑なんだよ存在からやり直せ」
早口で辛辣に突き放し、ルーキスは年季の入った長剣の柄を掴んだ。
愛用のそれをすらりと引き抜き、静かに殺気をけぶらせる。これまで幾多の血を啜ってきた長剣は、暗い坑道でも鈍く輝き、使い手たるルーキスの手によく馴染んでいた。
元より強面である彼だ。剣を抜いた途端に増したその威圧感は凄まじく、山賊一味はこぞって息を呑み、じりりと後方にたじろぐ。
死線を何度もくぐり抜けた本物の傭兵を前に彼らが怖気付くのも当然だった。チンピラ同然の山賊風情では、剣を交えずとも実力差など明らかなのだから。
「さて、どうする。今なら見逃してやるぞ」
殺気を放ち、低く問うルーキス。下っ端らしき三人組は顔を青ざめ、中心の男に向かって「か、頭ぁ……」と不安げな声を発した──が、その刹那。
突如、不気味な地鳴りと共に、大地が揺れ始めた。
「……!?」
ゴゴゴゴ……──山が唸り、格納庫内に置かれた積荷やガラクタが大きく揺れる。「な、なんだ? 地震か!?」と山賊たちが不安げにこぼす中、リーダー格の男は顔をもたげ、目を見開いたのちに声を張り上げた。
「ま、まずいッ……落盤だ!」
焦燥を孕みながら彼が叫んだ、直後。
真上の天井が崩れ、大量の土石が降り注いだ。
「うわあああっ!?」
「お、おい、お前らこっちだ! 逃げ込め!」
リーダー格の男の素早い誘導により、地を蹴った一行は間一髪で格納庫に滑り込む。阿鼻叫喚の中、どうにか全員が逃げ延び、生き埋めになることは免れたものの──唯一あった出入り口は、積み上がった土石に塞がれてしまった。
「そんな!」
閉じ込められ、山賊たちは塞がれた壁に縋り付く。しかし隙間ひとつ見当たらず、彼らはよろよろと地面にくずおれた。
「……だ、だめだ、完全に閉じ込められた……」
「おい、どうするんだ、食料なんてないぞ!?」
「食料の前に水だって……そもそも酸素すら……」
「お、終わりだあ! こんなとこで死にたくねえよぉ!!」
絶望に歪む表情。屈強な男四人は寄せ固まり、互いに抱き合っておいおいと情けなく泣き始める。
ルーキスは眉をひそめ、先ほどよりも激しく咳き込みながら苦言を呈した。
「ゲホッ、ゴホッ──黙れ、デカブツ共……酸素を無駄に使うな……っ、ゴホッ!」
むせ返りながら叱責し、ルーキスは力なく壁に寄りかかる。手で押さえ付けた口元は苦しげに呼吸を繰り返しており、気分も優れないのか顔が青白い。
「ルーキス様、大丈夫ですか……?」
魔女は心配そうな表情で彼の前に屈み、その顔を覗き込んだ。
「はあっ……はあ……っ、くそ……」
「顔色が悪いです……やっぱり、少し無理なさっているのでは? しばらく寝て休んだ方がいいと思います……」
「うるさい、余計なお世話だ……こんな状況で、悠長に寝てられるわけないだろ……っ、ゴホッ!」
拒絶するが、さらに咳き込んだルーキスはとうとうその場に膝をついた。「ルーキス様!」と魔女が悲鳴に近しい声を張り上げる中、山賊のリーダーが二人の元に歩み寄る。
「……おいおい、傷もんの兄ちゃん。あんたそりゃあ、この辺りのコウモリの呪いにかかったんじゃねえか?」
「ゴホッ、ゴホッ……! あ……? 何……?」
「この坑道に住み着いていやがるコウモリさ。そこら中で飛び回ってんだろ?」
コウモリ。
確かにここに来るまでの道中、奴らは壁や天井にぶら下がり、そこかしこで不気味に目を光らせていた。
「あいつらはミミナガハナコウモリっつって、比較的大人しいコウモリなんだが……」
山賊リーダーの男は、怪談話でも語るかのように声を潜めて言葉を続ける。
「あいつらと目を合わせたら、呪われて死んじまうって噂だぜ……」
「呪いだァ……?」
頭上を仰いだ視線の先。落盤に驚いたのか、件のコウモリたちはバタバタと忙しなく上空を飛び回っていた。
頷いた男はさらに語る。
「喘息、幻覚、嘔吐……コウモリの呪いは恐ろしい。人によって違うが、何らかの体調不良に見舞われるんだ。そんで、そのまま死んじまう。俺らの仲間も何人か死んじまったよ」
「……」
「残念だが、あんたも覚悟した方がいい」
憐れむように目を細め、忠告する男。しかしルーキスは鼻で笑った。
「ハッ……ゴホッ、ゴホッ……。つまり、このまま酸素不足で死ぬのが先か、コウモリに呪い殺されるのが先か、ってわけか……? 笑えるな、心底馬鹿馬鹿しい」
「全然笑えませんよ、ルーキス様! 何であれ、早く外へ出て、お医者様に診てもらわないと!」
「外に出る……? どうやって出るってんだ? 他に出口なんて、どこにも──」
「よいしょっ」
ひょいっ。呑気な掛け声と共に、魔女は落盤によって塞がれた壁の大岩を軽々と持ち上げた。
人が通り抜けられるだけの脱出スペースが容易く確保されてしまい、その場の一同は皆同じ表情で凍りつく。
「はいっ、皆さん! ここを通ってどうぞ〜」
笑顔で振り返る魔女。それまで泣きじゃくっていた山賊の下っ端たちの涙も引っ込み、あんぐりと口を開けて硬直している。
ルーキスは無心でそれを眺め、「まあ、何となく予想はできてたな……」といささか慣れてきた様子で口こぼした。
「ゲホッ……はあっ、まあいい……出られるんなら、さっさと外に出るぞ……いつ他の場所が崩れるか分からな……っ、ゴホッ……!」
「お、おい、兄ちゃん! 何だあの女、とんでもねえ怪力だぞ!? 何者だ!?」
「んなもん俺が聞きてえよ、もうウンザリだ……」
辟易し、彼はよろよろとおぼつかない足取りで魔女が確保した脱出口から外へ出る。山賊たちもそれに続き、一同はついに、密閉された格納庫から生還した。
山賊たちは再び寄せ固まり、四人で抱き合って「うおおおん、よかったあああ」と泣き始める。騒がしい彼らの号哭に鼓膜を叩かれながら、ルーキスはふらふらと地面に座り込んだ。
「っ、はあ……はあ……ゲホッ、ゴホッ……!」
「ルーキス様、お手をどうぞ。私が出口までお運びしますね」
「……っ、いらん、近寄るな、これぐらい自分で……」
「そう遠慮なさらず〜」
微笑み、魔女はルーキスの体を横抱きに持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。途端にルーキスは目を見開き、カッと顔を赤らめて抵抗した。
「なっ……ふ、ふざけるな! 降ろせっ──ゴホッ! ゲホッ、はあっ……!」
「もう、暴れちゃダメですよぉ、呪われてるかもしれないんですから。お体に障ります」
「く、そ……! こんな、屈辱……っ、ゴホッ」
忌々しげに唇を噛み、ルーキスは魔女を睨むが、体に力が入らない。結局彼女に身を委ねるしか選択肢がなく、恥辱に肩を震わせながら、彼は魔女の腕の中に収められることとなった。
ルーキスを姫抱きにした魔女は満足げに頬を綻ばせ、行商人の荷物が乗っているトロッコへと向かう。
「わあ、よかった! トロッコも積荷も無事ですね! あ、山賊さん方も乗りますか? ここに残るの、ちょっと危ないと思いますし〜」
「はあ……!? お前、何を勝手に──」
「──乗る!! 乗せてくれ!!」
魔女の提案に、山賊たちは前のめりで押し寄せてきた。連結されたトロッコは二台。一台はすでに積荷が乗せられているため、実質乗れるのは一台のみだ。
大人が四人ギリギリ乗れるかどうか──というサイズ感であるトロッコに、このまま六人も搭乗しようというのだろうか。
「ゲホッ……おい、バカ、無理だろ……! そいつらは置いていけ!」
「ああ!? 傷もんの兄ちゃん、そりゃあんまりだぜ!」
「そうだそうだ、俺らも乗せてくれよお!」
「チッ、騒ぐな、やかましい……ゴホッ、ゴホ……!」
苦しげに呼吸するルーキスの咳は止まらず、すでに肺すら痛み始めていた。意識は朦朧とするばかり。彼は表情を歪め、弱々しく魔女に寄りかかる。
「う……ぅ、くそ……」
「大丈夫です、ルーキス様。必ず私が助けてみせますからね」
「お前に、何が、できるんだよ……
「大丈夫、きっと少しはお役に立てますよ」
姫抱きにする腕に力がこもり、ルーキスはおぼろげな視界に彼女を映した。教会の絵画に描かれた聖女さながらの微笑みは、優しさと慈しみに満ちている。
「あなたは私の雇い主です。私が必ず、あなたを守るとお約束いたします」
「……は……」
「──たとえば、ああいう脅威から!」
にっこり、満面の笑みで指をさす魔女。すると彼女が指さした斜面の上から、その場の誰しもをペシャンコにできるであろう巨大な岩石がゴロゴロゴロゴロと転がり落ちてくる光景が目に入った。
ルーキスと山賊たちは一瞬目を剥いて絶句し──瞬く間に絶叫する。
「ぅうおおおおああああーーーッ!?」
「とんっっでもない脅威迫ってんじゃねえか!!」
「ににに逃げろおおお!! 潰されちまう!!」
「はーいっ、かしこまりました!」
愛らしく頷き、魔女は山賊たちがぎゅうぎゅうと詰まったトロッコにルーキスを降ろした。
しかし自分はそれに乗らず、「しっかり捕まっててくださいね!」などと告げてトロッコ後部の手すりを掴む。
「今から、私、全力で走りますから〜」
「え」
「さ、行きますよ!」
言うやいなや、魔女はトロッコを押して駆け出した。しかし、それは『駆け出す』なんて生易しいスピード感ではなかった。
ゴオッ──鈍く響く風の音。流れる景色を目で追うことすらできず、さながら大砲から飛び出す
「いや待っ、はっやあああッ!?」
転がり迫る岩石に追いつかれる気配はなかったが、あまりに速すぎる魔女の滑走に山賊たちは「うぎゃあああっ!?」と絶叫しながら手すりにしがみついた。
「ははは速すぎいい!! 死ぬううう!!」
「うおおぉい本当に何なんだよこの女!? 足速すぎるだろ、化け物か!?」
「あっ、自己紹介がまだでしたね! はじめまして、山賊さん方! 私、
「自己紹介なんかしてる場合かあぁ!!」
山賊たちは一斉に突っ込むが、トロッコの爆走は止まらない。岩や瓦礫の障害物とぶつかりそうになる度に山賊たちが「ギャーッ!!」などと悲鳴を上げるが、魔女は「えいっ」と難なくトロッコを蹴り上げて宙に浮かし、障害物を避けながら器用に車輪を線路へ戻す。
山賊たちは目を回して時折トロッコから落ちかけるものの、それすら魔女が捕まえて「よいしょ〜」と軽く元に戻してしまった。
彼らは手すりにしがみついて震えるしかなく、やがて、リーダー格の男がぐったりしているルーキスの肩を掴む。
「お、おいおいおい!! 傷もんの兄ちゃん、あんたの恋人どうなってんだ!? なんじゃあれ!? 何が起きてんだ!?」
「こんな無茶苦茶な女が恋人なわけないだろ殺すぞ……」
げんなりと遠くを見つめて突っ込む気力もないルーキスが呟くと同時に、トロッコは一本道を突っ切って
あっという間の脱出劇。全速力で滑走していたそれは魔女が立ち止まったことによって急停車し、山賊とルーキスの体が前のめりに傾いて転がる。
「いでぇっ!」
「んぎゃあ!」
「へぶっ!」
「はいっ、到着です〜」
へらり、何事も無かったかのように笑う魔女。
しかし、一行を追ってきていた大岩は尚も背後から迫っており、線路を破壊しながら転がってきた。
「うわあああっ!? お、おいおいおい! うしろ! うしろーッ!!」
山賊が血相を変えて叫ぶ中、魔女はくるりと振り返る。焦るような表情ひとつ見せない彼女。
体調の優れないルーキスすら強引に顔を上げ、「おいバカ、逃げろ!」と声を張り上げるが──魔女は涼しげに微笑み、「大丈夫ですよ」と迷いなく答えた。
「言ったでしょう? ルーキス様。私があなたを守るって」
「……っ!」
「それに、安心してください。さっきも言いましたけど、私、
ぐっと拳を握り込み、魔女は迫る大岩をまっすぐ見据える。腰を低く落として待ち構え、にこりと笑って、彼女は続けた。
「片手で潰せますのでっ!」
──ボッッゴォッ!!
大きく振りかぶり、打ち込んだ拳。それは魔女の目の前にまで迫った巨岩をいとも容易く粉砕した。
跡形もなく砕け散り、バラバラと崩れていく岩。
山賊とルーキスは愕然と目を見張って硬直し、鉱物の破片がキラキラと舞う中で、言葉を失ったまま彼女を見つめることしかできない。
やがて、ルーキスはとろりとまぶたが重くなる感覚を覚えた。眠気とは違う、意識を喪失する間際のそれに似ていた。
朦朧とする頭。ぐらつく視界。それらを懸命に保ち、ぎこちなく口を開いて、ルーキスは掠れる声を絞り出す。
「……どこが、小さい、岩なん、」
だ──と言い切る前に、視界は闇に包まれ、彼の意識は途切れたのだった。
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