第23話 不意打ち、よくない
三日後に体育祭のチーム分けが発表された。
俺と朝比奈、桐谷が紅でユナだけが白と別れてしまったものの、勝敗よりも楽しもうの精神でやっていきたい。
結局、参加する競技は最低二つとのことだったので、俺は球入れと騎馬戦、ユナは球入れと借り物競争に出ることになった。
騎馬戦のメンバーは桐谷と、他に彼が連れて来た二人。
身長高めで寡黙な石原と、上に乗る小柄で優しげな雰囲気の一宮が騎馬戦のメンバーだ。
ユナと弁当はどうするとか話しつつ、一週間後に迎えた当日。
登校してみれば、早くも体育祭を楽しみにしているクラスメイトの声が聞こえてくる。
元気だな、なんて他人事のように考えながら、普段のホームルーム開始の時間から体育祭の開会式がグラウンドで始まった。
各クラスから選ばれた運営委員会の生徒が進行する。
要するに「怪我をしないでフェアプレーで楽しみましょう」という意味の宣誓を聞き届けて、体育祭が始まった。
競技自体はほぼ事前に組まれていたプログラム通りに進み、先に出番が来たのはユナの球入れ。
「頑張れよ」
「任せて」
「コウくん、私たちも応援いこっか」
「そうだね。成瀬さんの後は篠原の出番だし」
「……球入れで応援されても困るんだけど」
「ユナちゃんだけ応援してエイジくんを応援しない……なんてことはしないよ」
「笑いながら言わなければ信用出来てたんだけどな」
朝比奈が半分からかい目的なのはわかっている。
男子高校生が球入れをするのを見て面白いのは甚だ疑問だけど、そう言われると否定しにくい。
「お前もそうなのか?」と桐谷の方を向いてみるも、返ってくるのは曖昧な笑み。
多分同じなんだろうなと眉間にしわが寄るのを感じつつも、待機のためにいた教室から会場のグラウンドに移動する。
白線が引かれたグラウンドには、球入れ用の籠がそれぞれ一つ立っていた。
俺でも背伸びをしててっぺんに届かないくらいなので、ユナがアレに投げ入れるのは厳しいのではないだろうか。
それはそれで微笑ましい光景が見られそうなのでいいけど。
俺とユナは二人と別れて選手の待機場所になっているテントへ。
競技の内容が平和的だからか、待機場所にいる生徒からは和気藹々とした雰囲気が感じられた。
「頑張れよ」
「エイジも」
手を振って別れ、少ししてユナたちの出番だと体育祭の運営委員が呼びに来た。
テントを出る間際に振り返ったユナに手を振って、その背を見送る。
ほどなくして競技が始まった。
一斉に参加者が地面に散らばった球を集めて、籠に投げ入れる。
高校生にとってそれ自体はさほど難しいことではなく、次々と籠に球が入っていく。
さてユナの調子は――と眺めていれば、決して手際がいいとは言えない動きで球を数個拾い、一度に籠へと投げ入れようとしていた。
下から上へと掬い上げるように投げたそれは、半分ほどだけ籠に入って残りは落ちてしまう。
ユナの目は真剣そのもの。
運動が苦手でも真面目にやっているのが伝わってくる。
やっぱり微笑ましいものを感じるけど、それはそれ。
そんな動作を何度と繰り返して、ようやく終了のホイッスルが鳴った。
体育祭の委員がそれぞれの籠に入った球を数える。
球を多く入れて勝ったのは白組……ユナがいたチームだった。
勝利の宣言がされると、ユナが俺の方を向いて微笑む。
頑張ったユナに俺も笑顔で返し、楽しんでくれてよかったと安堵を覚えた。
ユナはそのまま桐谷と朝比奈がいる方に帰って、空いたフィールドに次の出番だった俺を含めた組が入る。
準備が整ったところで開始のホイッスルが鳴り、競技が始まった。
特に盛り上がるような展開はなく球を投げ続けた結果、数個の差で勝利を収めることとなる。
パチパチパチ、と観客席から響く疎らな拍手。
三人もそこにいて、「頑張ったね」とでも言いたげな視線が妙に居心地が悪かった。
「おめでとう。勝ったね」
「あんまり嬉しさはないけどな。身長任せに球入れてただけだし」
三人と合流するなり桐谷からかけられた言葉へ不愛想な返事をすると、「篠原らしいね」と爽やかに流される。
「ユナもおめでとう。楽しかったか?」
「ん。勝ったし、思ったより入った」
「ならよかった」
満足そうに話すユナに嘘はなさそうだ。
怪我もしていなさそうで一安心。
まあ、球入れでどんな怪我をするのかと問われると反応に困るけど、残念なことに運動音痴にそんなものは関係ない。
怪我をするときは小さな段差でもする。
なんなら何もない場所でも転ぶ。
そういう悲しい業を背負っている。
「次は誰の競技?」
「えーっと、確か球入れの次は借り物競争かな?」
「てことなユナの出番か」
この四人の中で借り物競争に参加するのはユナだけ。
ユナはさっきの球入れで自信を得たのか、やる気はじゅうぶんという雰囲気で頷く。
「気合い入れ過ぎて怪我するなよ」
「……エイジ、ユナのことなんだと思ってるの?」
「運動音痴」
「酷い」
「冗談……でもないか。自覚してるだろ?」
「……多少は」
ぎぎ、と軋むように視線を逸らす。
反論できる材料が見つからなかったらしい。
「俺に取ってはユナが勝つよりも怪我をしない方が大事だからさ」
「……そういう不意打ち、よくない」
「ええ……?」
急にぽかぽかと腹を殴られる……というよりも、優しく突かれるという表現が正しそうな力加減でのそれに、困惑してしまう。
「この二人、無自覚にいちゃついてるよねー」
「ほんとにね」
呆れたような二人の言葉はあえて無視して、俺はユナの気が済むまで殴られ続けるのだった。
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