第22話 絶対球入れにする


「そいえばそろそろ体育祭だねー」


 食堂で昼食を食べている最中、朝比奈が思い出したかのように言った。

 俺とユナ、桐谷に朝比奈といつものメンバーになりつつある構成。


 二人には他に友達がいるはずなのに、毎日のようにここにいる意味があまり掴めずにいる。

 だからと言って気まずさを感じることもないのだが。


「体育祭ってこんなに早いのか?」

「うちは早いかもね。って言っても、そろそろ九月になるし」

「運動は得意じゃないから気が重いな」

「ユナも。怪我が増えるのは嫌」

「怪我って……二人とも運動できない感じ? ユナちゃんはともかく、エイジくんは意外だね」

「そうか? どう見てもインドアっぽいだろ」


 どうにも俺は運動できる風にみられることが多い。

 それなりに高い身長のせいなのかわからないが、自己評価としては運動は苦手な部類に入る。


 運動音痴というほどではないにしろ、得意と呼べる水準にないことは明らかだ。


 ユナは圧倒的に苦手の方に偏っている。

 体力的な部分もそうだし、技術も身体がついていかない。

 特に球技なんかは悲惨……とは本人の言。


 なので怪我だけは気を付けて欲しい。


「まあ、体育祭の競技ってそんなに激しいものはないから安心してよ」

「去年は球入れ、借り物競争、棒倒し、騎馬戦、あと各組の選抜リレーくらいかな?」

「ユナ、絶対球入れにする」


 強い決心を胸にユナが呟いたのを聞いてしまい、つい笑いが込み上げてしまう。

 それを見咎められ、ごめんと謝って見せるも頬をむくれさせたままだった。


 ただ、その反応も仕方ないと思う。

 ユナが球入れをする絵面を想像すると、とても微笑ましいし応援したくなる。


 球を集めて、小さい身長でもどうにか籠に入れようとジャンプしながら投げ入れる光景がありありと脳裏に浮かんだ。


 桐谷と朝比奈も同じような姿を想像したのだろう。

 くすりと笑っていて、ユナに睨まれていた。

 それも怖くないので効果がないのだが。


「機嫌直せって。ほら、玉子焼きやるから」

「……仕方ない」


 玉子焼きを弁当ごと差し出せば、不承不承といった雰囲気だけを出しつつ素早い箸捌きで口に運んだ。

 へにゃりと下がる目元。

 ユナから幸せオーラが出ているような気がする。


「……ねえ、エイジくんってもしかしてユナちゃんのお弁当も作ってるの?」

「ああ。学食よりも節約できるし、こうして料理を美味しそうに食べてくれるのは嬉しいし」

「篠原は凄いね。成瀬さんがこんなに美味しそうに食べる料理の味が気になってくるよ」

「桐谷まで……そんな大したものじゃないって。ぱぱっと作ってるだけだし」

「お弁当をぱぱっとで作れるのは主婦力高いよ? 将来は良い旦那さんになるね!」


 旦那さんって一体誰のだよと考え、朝比奈の笑みが示す方向で全てを察する。


 隣のユナも「エイジの作る玉子焼きは美味しい。最高。これこそ玉子焼き」と力説しているし、なんか恥ずかしくなってくる。


「……体育祭は大変じゃない競技にしたいな」

「露骨に話逸らしたね」

「うるさい」

「エイジくんが恥ずかしがってるの、なんか面白いね」

「ん。可愛い」

「ユナまで……男に可愛いはないだろ」


 呆れつつも返すと、三人に笑われてしまう。


「篠原は背丈あるし騎馬戦とか誘われそうだけどね」

「あー……まあ、それくらいなら」


 積極的ではないにしろ、何かしらの競技には参加する必要がある。

 俺の背が役に立つならそれでもいいだろう。


 それを言ったらユナと同じく球入れに出るのが結果は残せそうだけど。

 出る競技の最低数を聞いてから考えてもいいか。


「桐谷と朝比奈は何に出るんだ?」

「僕は騎馬戦と……多分選抜リレーにも出ることになるかな。これでも一応陸上部だからさ」

「私も似たようなものかな」

「二人とも運動出来る方なんだな。意外ではないけど」

「ん。どっちも雰囲気が陽だから」

「それ関係ある?」


 笑いつつ朝比奈が言う。


「てことは、篠原と成瀬さんはあんまり体育祭を楽しみにしてない?」

「そうでもない。こうやって思い出を作れるのは嬉しいし、行事があると自然に馴染める」

「ん。あと、体育祭って初めてだから――」

「初めて? 前の学校になかったの?」


 ユナの言葉に、朝比奈が首を傾げつつ反応する。


「あ」とユナが小さく漏らした声は二人には聞こえていないだろう。

 その表情がほんのわずかに曇ったことも、見抜かれてはいないはずだ。


 テーブルの下で隠れながらユナの手を握る。


「いやさ。そのときユナは熱出して休んだんだよ。だから今回が初めてってこと」

「そっかそっか。なら目いっぱい楽しまないとね!」


 差し込んだ誤魔化しを朝比奈は疑うことなく、温かい笑顔で励まそうとしてくれる。


 ちらりとユナを見てやれば、外面上はなにもないように振舞っていた。

 でも、瞳に滲んだ寂しげな気配を感じてしまい、胸の奥が痛む。


 せめて今回は――ちゃんと楽しんでもらいたい。

 誰にも邪魔されず、ユナにはユナの思い出を作って欲しい。


「ん。頑張る」

「頑張りすぎて怪我するなよ」

「エイジが助けてくれるでしょ?」

「まあそうするつもりだけどさ……」


 なるべく自衛に努めて欲しいところなのだが、この様子だと伝わっていなさそうだ。


「……ほんと二人って、なんで付き合ってないのか謎だよねー」

「僕らが口を挟むのは野暮だってわかっててももどかしいね」

「なんか言ったか」

「いやいやなんでも。二人は仲がいいなぁって話してただけだよ? ほんとだよ?」

「念押しされると疑わしいよな」

「信じてっ!?」


 がーん、と効果音でも聞こえてきそうな表情の朝比奈に、三人で悪いと思っていても笑ってしまうのだった。

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