第21話 予行練習?
週末。
今日は生憎の雨で、空はどんよりとした黒い雲に覆われている。
平日よりも遅い時間に目覚めて朝食を済ませてから片づけをしてリビングに戻ってみれば、ソファでユナがひざを折りながら仰向けに寝転がっていた。
「低気圧か?」
「……ちょっと怠い、かも」
声色には普段よりも力がない。
顔色も色白を通り越して蒼白い気もする。
ユナは昔から雨……低気圧の日は調子を崩してしまう。
体質なのでどうしようもなく、こういう日は家で大人しくしているに限る。
幸い俺もユナもインドア的な趣味の方が多いし、こうしてぼーっとしていても苦ではない。
隣に座れば、ユナがもぞもぞと動いて頭を膝に乗せてくる。
丁度いい枕にでも思われているのだろうか。
それでユナの気分が良くなるならいいけど。
「辛いなら薬持ってくるけど」
「……いい。そこまでは辛くない」
「無理はしないでくれよ。やって欲しいことがあったら何でも言ってくれ」
「ん。じゃあ、このまま」
横を向きつつスマホの画面に視線を落としたユナを見て、少し気が緩む。
俺もまたスマホに入れている電子書籍の漫画を読み始めるのだった。
昼も引き続き俺がつくり、ユナにはなるべく休んでもらうことにした。
メニューは出汁をきかせた温かい蕎麦、それとお稲荷さん。
蕎麦にはえび天とかき揚げを乗せていて、お稲荷さんは買ってきた出来合いのもので手を抜いている。
蕎麦なら体調が悪いユナでも食べられるかと思ったが、予想通り食べてくれて安心する。
食べたら低気圧の影響も相まって眠気が来たのか、昼寝に誘われたので小一時間ほど並んで寝た。
途中で俺は起きたものの、ユナは眠気が覚めなかったのか二度寝、三度寝と繰り返している。
そんなに体調が悪い素振りを見せないものの、起きているのは辛いのだろう。
眠るユナを見守りつつ課題を進めていると、暗くなってきた頃にユナが目を覚ました。
「お、起きたか」
声をかけてみると俺の方を向いて、首を傾げつつ頬を
だが、顔色を見るに体調は変わっていなさそうだ。
低気圧……だけじゃなさそうだな。
「……何時?」
「六時頃だな。夜どうする? 俺が作るか、買ってくるか、出前でも取るか」
「ユナが作る」
「ダメだ。今日は大人しくしてろ。頼むから無理しないでくれ」
作らせる気はないと伝えると、むむと眉根を寄せつつ起き上がってくる。
足取りはゆっくりのまま、ユナが俺の方へと距離を詰めてきて――
「……ユナの料理、食べたくないってこと?」
目元を潤ませながら、不満げな気持ちを隠すことなく言葉として投げてきた。
「それは違う。体調が悪いなら俺を頼ってくれって話だ。ユナの料理はいつも楽しみにしてるよ」
「……本当?」
「ああ。こんなことで嘘つかないって。心配なんだ。環境も変わったし、今日の体調不良は低気圧だけじゃないんだろ?」
思い当たるのは女性特有の生理現象。
人によっては結構体調を崩すし、気分が上下しやすくなる。
同居するにあたって事前に母親から聞かされていたから驚きはない。
幼馴染とはいえそんなことを口にするのは恥ずかしいだろうから。
もしそうなら、なおさら動いて欲しくはなかった。
ユナは目を伏せ、「……ん」と喉を鳴らして頷いた。
「ごめん。そんなはずないのに疑った。今日は大人しくしてる」
「そうしてくれ」
「その代わり……ずっと隣にいて欲しい。寂しいから」
「うん。隣おいで」
ソファの右隣にユナが膝を抱えながら、腕に背中を
顔と顔を合わせないまま、ユナの体温だけを腕に触れる分だけ感じる。
「で、俺作るか?」
「離れたくないからなにか頼む」
「出前のやつで食べやすいのって……」
「食べるのは大丈夫。ピザにしよ」
ユナがいいならと出前のページをスマホで開いて、注文を決めて電話を掛けた。
頼んだのは二枚。
モッツアレラ、クリーム、パルミジャーノ、エダムの四種類のチーズを使ったピザと、四種類の具材が四分割されたクォーターピザ。
サイズはどちらもM。
俺はともかく、ユナもあんまり食べる方ではない。
「他にして欲しいことは?」
「一緒にお風呂」
「それは無理」
「けち」
「ケチってかさあ……」
それ以前の問題だろう。
「ユナが水着ならいい?」
「……百歩譲ってちゃんと全身が隠れるやつならって感じだな」
「水着持ってきてないのが悔やまれる」
「そこまでか」
「水泳は選択でなしにしてたから。泳げないし」
「俺もだな」
つまり無理だ。
俺としては助かったけど。
「でもやっぱり、入ってみたかった」
「なんで」
「……予行練習?」
疑問形で聞き返すユナの表情はほんのりと色づいていた。
練習ってことは本番があるのか……?
……いや考えるのはよそう。
辿り着かなくてもいいことってのはよくある。
それから数十分して、頼んでいたピザが届いて夕食となった。
カットされたピザを頬張るユナはやっぱり小動物っぽくて、見守っていたくなるような可愛さが滲んでいる。
「美味しいか?」
「ん。エイジも食べて」
ユナに差し出されたチーズたっぷりのピザ。
食べろと言うことだろう。
しばしの葛藤を経て、そのピザにかぶりつく。
とろりと溶けた熱いチーズの濃厚な味が口いっぱいに広がる。
余韻が残る焦げ目の香ばしさと、精神的なものから発生したであろう淡い甘さ。
「美味しい?」
「……美味しい」
「ユナにも食べさせて」
目を瞑り、小さく口を開けて、餌付けを待つひな鳥のようになったユナ。
その姿は別のことをするときのようにも見えてしまい……違うと首を振る。
さっきはチーズピザだったからと、今度はミックスの照り焼きチキンなんかの具が乗った方を選び、火傷させないよう慎重に口元へ運んだ。
ピザの生地が舌先に乗ると、さらに口を開いてぱくりと食べる。
それを咀嚼し、嬉しそうに頬を緩ませて、
「おいひい」
「呑み込んでから喋ってくれ」
見せていた不安げな影はどこにもない。
このくらいで機嫌が直るならと思いつつも、まだ顔が熱を持っているのを気づかれないように、喉の奥の甘さをコーラと一緒に呑み込んだ。
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