第20話 今はまだ、でしょ?
「やっと慣れてきた……かな」
学校が始まってから一週間ほど。
俺はようやくクラスの空気というものに馴染んできた気がしていた。
友達と呼べる人も何人かできたし、クラスメイトとも知り合い程度には話せるようになっている。
「そうだね。硬い雰囲気が抜けてきたと思うよ?」
「桐谷が言うならそうなんだろうな」
「ま、篠原よりも成瀬さんの方が馴染んでるというか……馴染み過ぎてるというか」
爽やかな笑みで、話していた桐谷がユナの方へと視線を流した。
ユナはあれから朝比奈と話すようになり、気づけば他の女子生徒に囲まれて……もとい、愛玩動物的な立ち位置になっていた。
お菓子で餌付けされるし、頭もほっぺたも触られながら「どうしようかなこれ」みたいな少々困りつつも突き放せないという意思をクルミ色の瞳に宿している。
ユナは基本、人と関わるのが苦手だ。
だからなるべく静かに、できれば俺と一緒にいようとする。
でも、最近はその頻度も減っていた。
人から寄せられる行為を
持ち前の優しさが現れたことで、マスコット的な扱いに落ち着いている。
「……別に、拒絶されるよりはよっぽどいいだろ」
「その割にあんまり嬉しそうじゃないけど? 成瀬さんが人気で嫉妬してるの?」
「女子相手に嫉妬しても意味ないだろ」
「つまり男子にはする、と」
「揚げ足を取るな。そんなつもりはない」
不機嫌だ、と示すように表情を変えて、桐谷から顔を逸らして外を見る。
図星だと悟られるのが嫌だった。
ユナが人気になるのは良いことだ。
あれで楽しそうにはしているし、行き過ぎたことがあれば朝比奈も止めてくれる。
折角の学校生活なのだから、友達はたくさん作って欲しいし俺以外の人とも関わって欲しい。
でも、それはそれとして、少なからず寂しさのような、もやもやとした気分が胸の内に立ち込めるのも感じる。
嫉妬とか独占欲とか、そういう感情によるものだとわかっているからこそ、表には出したくない。
俺は俺、ユナはユナ。
俺だけの感情でユナの自由を縛ることがあってはならない。
「でも、篠原的には女子だけでよかったのかもね。男子をあまり近づけさせない防壁になってるし」
「うるさい」
「僕は成瀬さんが女の子と楽しそうにしててよかったねって言いたいだけだよ?」
「絶対別の意味もあったろ」
「それに気づくなら認めたらどう? そもそも、みんなわかってるんじゃないかな」
「……うるさい」
桐谷が言わんとしている内容に思い当たって、喉の奥から込み上げてきた想いを溢れないように呑み込む。
すると桐谷は「ごめんごめん」と片目を瞑って謝るので、怒る気にもなれない。
この一週間ほどで俺の方にもあった変化と言えば、桐谷とこうして話す機会が増えたということだろう。
ユナにとっての朝比奈が、桐谷だったわけだ。
始めはこんな陽キャのトップみたいな爽やかイケメンと話すのは気後れしていた。
しかし桐谷の方が遠慮なく、しかし不快ではないくらいに距離を詰めてくるので、気遣う気も徐々に減っていった。
その結果、こんな空気感に落ち着いている。
まるで気にした様子がないし、なんなら楽しそうにしているのでいいだろう。
時々からかうような言動はあるものの、線引きはちゃんとしているのか俺が本気で嫌だと感じない程度のものに収まっている。
コミュ力の高さがなせる業か……と呆れ半分関心半分だ。
桐谷がいいやつなのは短い期間でもよくわかったし、できることなら今後も仲良くしてもらいたいものだ。
「だってさ、篠原が成瀬さんといるときの顔、全く違うよ? 自覚ないかもしれないけど」
「恥ずかしいからやめてくれ」
「つまり大丈夫だね。成瀬さんといるときって雰囲気柔らかくなるし、緊張みたいなのが完全に抜けるし、どう見てもデレデレだよ。あれで幼馴染って言われても、誰も信用できないくらいには」
「いいからほんと……あと俺とユナは幼馴染で――」
「今はまだ、でしょ?」
全部わかったような返しに言葉が詰まる。
はいともいいえとも言うことなく、俺は静かに眉間を揉んだ。
わかっている。
幼馴染という立場であろうとしているのは、俺がその先に行けるほど気持ちの整理がついていないからだ。
一年前、ユナの変化に気づけなかった自分が許せない。
誰よりも近くにいたはずなのに、何もできなかった自分が情けない。
俺が気づけていれば問題は解決していた――とまでは思っていないけど、少しくらいは軽くなっていたんじゃないかと考えてしまう。
先に進む勇気がない、力がない、自信がない。
優しいユナは拒絶しないだろう。
それは日頃の態度と表情を見ていればわかること。
でも、だからと伝えるのは、その優しさにつけこむような気がして、嫌だった。
「……いいんだよ、幼馴染のままで」
「そう? でも、早いうちの方がいいんじゃない? 成瀬さんがどこまで待ってくれるのかわからないし、だからって他の人が成瀬さんに想いを寄せない、なんてことはないからね」
まるで予言でもするかのような桐谷の言葉に、どうしてか胸がちくりと痛んだ。
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