第18話 重症でしょ?


 二日目も、初日から引き続きユナと登校した。


 教室につくなり話に来た朝比奈をはじめとして、数人のクラスメイトと色々話しつつ、ショートホームルームを終えて授業が始まる。

 内容の難度はそこまで変わっていない。


 俺でもじゅうぶんに追いつける範囲なので、ユナが遅れる心配はなさそうだ。

 ……まあ、俺の方が苦労しそうではあるけど。


 ちらりと授業中にユナの方を向いてみれば、普段の緩やかな雰囲気のままクルミ色の瞳を教師へ向けて外さない。

 かなりの集中力を保っている。


 これが凄いとこなんだよなと再認識しつつ、俺も授業に集中した。


 四限までこなしての昼食。

 学食の隅の席、隣に座ったユナと持参した弁当を食べることにする。


「美味しそう」

「って言っても、昨日の夜の余りを詰めて、玉子焼き作ったくらいだけどな」


 広げた弁当の中身は、それなりに彩りも意識したもの。

 夜にユナが作ってくれた鶏肉の照り焼きと味が染みているきんぴらごぼうの余り、朝作った甘めの玉子焼き、隙間にプチトマトとブロッコリー、冷凍食品を詰めただけなので、そこまで手間はかかっていない。

 昨日のリクエストを受けて、ユナの弁当には甘めの玉子焼きを多めに入れてある。


 とはいえ、小柄な体格からも推察できるようにユナの食事量は多くない。

 俺としては軽すぎて心配なので、もう少し食べて欲しいという思いもある。


 いただきますとしてから箸を進める。

 まずは今朝作った玉子焼きから。


 一口大にしてから口に運ぶと、ほんのりとした卵の甘みが広がった。

 玉子焼きの派閥には色々あるが、俺が好きなのは出汁巻きでユナは甘めのもの。


 小さな口でもぐもぐと咀嚼するユナの表情は明らかに緩んでいる。

 ちゃんと美味しく作れていたようで何よりだ。


 それを呑み込んだユナが満足げに微笑んで、


「美味しい」

「ならよかった」


 率直に味の感想を告げられて、ついつい嬉しくなる。


 ゆったりとしたペースで食べ進める隣のユナを眺めつつ俺も箸を進めていると、


「ここ、空いてるなら座ってもいいかな」


 声につられて顔を上げれば、そこには爽やかな笑顔の男子と今朝も見た顔……朝比奈が食堂の定食を乗せたお盆を持って並んでいた。

 ユナを確認すると無言で頷いたので、「どうぞ」と返事をすれば、二人は体面に並んで座る。


「僕は自己紹介以外だと初めてかな。桐谷きりやコウ、気軽にコウって読んでくれると嬉しいな。よろしくね、二人とも」


 丁寧ながら親しさを持って名乗りながら、人のいい笑顔を見せる。

 溢れ出る陽の気配。

 ほんの少しだけ苦手意識を持ちつつも、顔に出さないようにして、


「篠原エイジです。俺の方こそよろしく」

「……成瀬ユナ。よろしく」

「よかったねーコウ。昨日から話してみたかったんでしょ?」


 朝比奈の言葉に「まあね」と照れたように桐谷が返す。

 見たところ嘘をつけるような性格には思えない。


 素で人が良いのだろうと考えると、それはそれで俺たちと話してみたかった理由がわからなかった。

 いや、転校生だからって理由だけでじゅうぶんなのだろうか。


「なんたって見慣れない二人がクラスに来たと思ったら、二人だけの世界に入っちゃったからね。しかも自然に。転校生なんだろうなって予想はついてたけど、それでも普通は緊張するものじゃないかなって。だから面白そうだなあと思って、話してみたかったんだ」

「それなら昨日でもよかったけど」

「昨日は成瀬さんが疲れてるように見えたからさ」


 よく見てるな……ユナは外だと顔に出さないのに。

 これがモテる男ってやつなのか。


「それに、ご飯を食べながらの方がゆっくり話せるし。結果オーライだね。二人を見つけられてよかったよ」

「……そんなに面白い話を出来るとは思えないけどな」

「そうかなあ。二人は眺めてるだけで結構面白いよ?」

「どこが?」

「エイジくんはいつもユナちゃんのこと気にしてるのが視線で丸わかりだし、ユナちゃんといると二人とも雰囲気露骨に変わるし」


 まさか二日目からこんなことを言われるとは思わなかった。


 俺がユナ解いて雰囲気が変わる……というのは自覚がある。

 警戒心を出す必要がないからだ。

 それに、余計な緊張をユナにさせたくない。


 ユナはそれすら気づいていそうだけど。


「朝比奈と同じだね。恋人みたいな甘い雰囲気って言うのかな。すごく仲がいいし、始めは僕も恋人同士だと思ってたよ」

「俺とユナは幼馴染だよ。本当に」

「……ん」


 ユナも遅れて頷いた。

 桐谷のような人にも言われるとは。


 まだ幼馴染だと信じてくれていない人が居そうだな。


「ね? 重症でしょ?」

「……ここまでとはね。なんだろう、二人を狭い部屋に押し込めたくなってくる」

「わかるー」


 なぜだろう。

 大変不本意な烙印らくいんを押された気がする。


 どういうことだろうと考えていると、朝比奈が慌てたように両手を振って、


「ああ、ごめんね。悪気があったわけじゃないんだよ? 単にお二人はとてもお似合いだなあと思っていただけで」

「……お似合い?」

「そうそう。むしろこの二人しかありえないって言うか、入り込む隙間がないと言うか」

「手を出したら火傷しそうだしね」

「何の話だ?」

「エイジくんにそれを言ったら面白くないでしょ? ま、ユナちゃんはわかってるみたいだけど」


 含みのある笑み。

 ユナは思い当たる節があるのか、僅かに目を見開いて朝比奈へ視線を送っていた。


「邪魔は、しないで」

「しないしない! するわけないよ! 逆に協力して欲しいことがあったら言って? 力になるからさ」

「……ん。お願い」


 なにやら協定が結ばれたらしい二人を横目に、俺も桐谷に聞いてみる。


「結局何が言いたかったんだ?」

「秘密だよ。こればっかりは頼まれても無理かな。信用問題に関わるから」

「……ならいいけど」

「誤解させないように言っておくと、僕は君たちとは友人になりたいと思っているよ? 退屈しなさそうだからね」


 終始笑顔のまま言われれば聞き出す気にもなれず、甘い卵焼きと共に疑問を飲み込んだ。

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