第15話 取られそうとか思ってない


 クラスメイトの自己紹介、それから提出物や明日以降の授業についての確認を終えたところで、今日の日程は終了した。

 帰宅の準備をしてユナを誘い、さて教室を出て行こうかという寸前。


「ほんと二人って仲いいよねー。それで付き合ってないとか世の中のカップルはなんなのかなーって思っちゃうよ」


 横から差し込まれた声。

 振り向いてみれば、そこには初めの質問をしてきた女子生徒……確か名前は――


「ええっと……朝比奈さん、だっけか」

「そうそう! 覚えててくれたんだ。一応、忘れないようにもう一度ね。朝比奈メイです! これからよろしくね、篠原くん、成瀬さん」


 朝比奈はさっぱりとした笑みで、俺とユナへ交互に視線をやった。

 ちょっとばかり押しの強そうな雰囲気だが、好意的に接しようとしているのが伝わってきて警戒心を僅かに緩める。


 俺とユナは押されながらも会釈えしゃくを返すと、「そんな緊張しなくていいよ」と笑われてしまう。


「ねえねえ、時間あったら少しお話してもいい? あ、無理にとは言わないから!」


 転校初日、こうなることは予測してはいた。

 朝比奈のターゲットは俺ではなくユナだろう。


 どうする? と目線で問いかければ、逡巡しゅんじゅんの後にこくりと小さく頷いた。

 新しい学校生活を頑張ろうとしているらしい。


 人間関係の構築はユナの苦手とする部分ではあるものの、あえて挑戦する姿勢を見せられては、引き留める気はなかった。


「……大丈夫。なに?」

「ありがと! それにしても声かわいい……間近で見るとお肌つやつやのぷるぷるもちもちだし、睫毛まつげ長いし……なにこれお人形さんみたい。ちょっとほっぺた触っていい……?」


 朝比奈がユナに心から思っているであろう言葉を呟きながら、羨望せんぼうの眼差しと手を伸ばしていた。

 純粋なそれに耐えかねたのか、ユナは仕方なくといった雰囲気を半分ほど漂わせて、


「……あんまりべたべたしないなら」

「やったっ」


 控えめに許可を出すと、見るからに嬉しいという表情に変わった朝比奈が両手をユナの頬に伸ばした。

 手のひらで優しく頬に触れた途端、朝比奈の表情も蕩けていく。


「なにこれ……え、やば、柔らかすぎでしょ……無限に触ってたい……」


 遠慮がちなソフトタッチでも、その感触は伝わるのだろう。

 朝比奈がそう呟く気持ちはわからないでもない。


 頬に沈む朝比奈の指。

 ユナもなんだかんだで受け入れ、されるがままになっている。


 憑りつかれたように頬をあらゆる方法で撫でまわしていた朝比奈だったが、ある瞬間を境にぴたりとやめてしまう。

 神妙な面持ちのまま、


「危なかった……中毒性あるね、ユナちゃんのほっぺた……」


 恐るべし、と演技っぽく遠のいていく。

 いつの間にか名前呼びに変わっているし、距離の詰め方に余念がない。


 ユナも気づいたらしく僅かに眉を上げていたが、気にしてはいないようだ。

 ある程度の信用はしたらしい。


「こんな可愛い子と幼馴染で付き合ってないって、篠原くんって本当に男……?」

「普通に男だが」

「まあそうだよねー。篠原くんもかっこいいよ?」

「お褒めに与り光栄だな」

「あー本気に思ってないね……っと、このくらいにしておかないと私怒られちゃいそうだね。大丈夫だよ、篠原くんを取ったりしないから」


 両手を上げて、朝比奈はユナに向かってそう告げる。

 微笑ましいものを見るようなそれに、ユナは視線を逸らして、


「……別に、取られそうとか思ってない」

「……やば、可愛すぎる。でも、ほんとに大丈夫だと思うよ? 篠原くん、成瀬さんにしか興味なさそうだし」

「どういう意味だよ」

「そのまんまだけど?」


 朝比奈が本心を話すつもりがないとわかり、ため息を零してしまう。

 悪い相手ではないし、踏み込むラインも見極めている。


 ユナとしては苦手そうな系統……要するに陽キャと呼ばれる側の人間な気もするが、自然と不快感はなかった。

 それは朝比奈の相手に緊張を抱かせないような軽い口調や仕草によるものなのだろう。

 人と仲良くなる才能、とでも言えばいいのだろうか。


 自然に話題を振ってくれているため、初対面でもかなり話しやすい印象を受けた。

 明らかに人見知りをするであろうユナにも分け隔てなく話題を振っているのを見るに、相当なコミュ力が窺える。


「二人とも東京から引っ越してきたんでしょ? 家族と?」

「家族は東京にいるぞ」

「ん」

「じゃあ一人暮らしってこと? 何か事情があるんだね。まあ、そこは聞かないよ。色々あるだろうから」


 導き出されたであろう回答に、曖昧あいまいな表情を浮かべて返事を誤魔化す。


 嘘は何一つとして言っていないが、簡単に信じられると胸が痛くなってしまう。

 だけど、正直に話したら色々と探られるのがオチだ。

 やましいことがないにしても、事情を知る相手を無暗に増やす必要はない。


 よくよく考えれば俺とユナだけが親元を離れるのは不自然だし、朝比奈がそこにも気づいている。

 ただ、それを追求する気がないのだとわかって、心の中でほっとした。


「何か困ったことがあったら力になるからね! こんな可愛い子放っておけないし」

「俺もユナに友達がいると嬉しいな。仲よくしてもらえるか?」

「こっちから頼みたいくらいだよ! 連絡先交換しよ!」


 素早く距離を詰めてくる朝比奈に感嘆しつつ、俺とユナの連絡先を交換した。

 早いうちに学校で頼れる人ができたのはいいことだろう。


 俺では解決できない問題もあるだろうし。

 色々と相談とかするなら同性の方が気が楽だと思う。


「二人とも時間大丈夫? 結構話しちゃったけど」

「ああ。どうせ昼飯の買い物して帰るだけだったからな」

「ん。エイジ、そろそろ帰る?」

「そうだな。悪い、続きは明日でいいか?」

「うんうん! 今日はこのくらいにしとくね。また明日、いっぱいお話ししよ!」


 笑顔で別れ、ユナと一緒に教室を出ていく。

 誰も引き留めなかったのは、教室にいた彼らも俺たちの話を聞いていたからか。


 その気遣いにありがたいものを感じながら、他の生徒に紛れて下校するのだった。

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