第14話 幼馴染です


 短いホームルームが終われば、始業式に向けて移動することになった。


 体育館の場所を知らなかった俺とユナだったが、藤々木ととき先生の案内で迷うことなく辿り着く。

 クラスごとに並び、全校生徒が集まってきたところで始業式が始まった。


 開会の挨拶、校長の言葉と続いたそれを、どこかしみじみとした気分で聞く。

 遂に始まったんだ、という安堵と緊張をないまぜにした思いが胸を満たす。


 ユナは俺の後ろに並んでいるのでどんな表情をしているのかわからないが……なんとなく、舟をいでいる気がした。


 長かった校長の話が終わり、ほどなくして始業式が終了する。

 ようやく終わったとばかりに固まった背を伸ばすクラスメイトと教室に帰り、藤々木先生が教壇につく。


「えー、ここからは提出物の確認や連絡事項の伝達をしますが……その前に一つ、皆さんが気になっているであろうことを紹介します。篠原しのはらくん、成瀬なるせさん、前にお願いできますか?」


 知らされていなかった前振りに戸惑いつつも、席を立って教室の前へ。

 ユナも俺に続いて来たことに安心しつつ、二人で並んだ。


 クラスメイトからの視線が集まる。


「今学期から編入することになった二人です。自己紹介をお願いしますね」

「――篠原エイジです。よろしくお願いします」

「……成瀬ユナ、です」


 簡潔に名前だけを口にして、折り目正しく礼をする。

 ユナの声は緊張しているのか強張っていたし、矢面に立ってなにかをするのは元から苦手だった。


 おお、とざわめきのようなものが教室を満たした。

 夏休み明けに新しい顔があれば答えはわかりきっていたとは思うけれど、ちゃんとした情報として知ったからこその反応だろう。


 特に反応は男子が多く、その理由は間違いなくユナの存在。

 女子からは「可愛い」と声が上がっていて、微笑ましい視線が大半だった。

 ユナは受け入れられていると言っていいと思う。


「……えっと、それだけですか? もっとこう……アピールというか、なんというか」

「……ちょっと思いつかなかったですね。話すのはあまり得意ではないので」


 ユナも賛同するように無言で頷く。


 これが教師泣かせの回答なのは重々承知だが、無理して話を長引かせ、場をしらけさせるよりはマシだろう。

 藤々木先生も無理に話させる気はないようで、「だったら質問を聞いてみてもいい?」と聞かれたので、それくらいならと頷いた。


 すると――一斉に手が上がる。

 ひっ、と隣でユナが息を呑んで、シャツの裾をまんでいた。


「そんな怖がらなくても大丈夫だって」

「………………ん」


 いつもより間の長い返事。

 隣にいると示すように、裾をまむ指に手を重ねる。


「では……朝比奈さん」

「はーい!」


 藤々木先生が指名したのは、活発そうなボブカットの女子生徒。

 彼女は順に俺とユナの顔を見て、


「――朝のホームルーム前から思ってたんだけど、二人ってすごい仲いいよねー。付き合ってるの?」


 爆弾を平気な顔のままおいていった。


 しかも、それを誰もが聞きたかったのか、不気味なほどの沈黙が教室を支配する。

 俺とユナの返答を一言一句聞き逃さないという強い意志を感じた。


 そんな質問をさせた原因は……まあ、言っていた通り朝のアレだろう。


 しかし、だ。

 答えは決まっている。


「俺とユナは幼馴染です。付き合ってはいません」


 はっきりと関係性を明らかにしておく。

 余計な勘繰かんぐりをされるよりはよっぽどいい。

 嘘を言っている訳でもないから心も痛まないし。


 隠していることがないとは言わないけど。


 まさか、こんなところで同居しているなんて公言する必要性がない。


 その返答に露骨な安堵をする男子と、なにやら含みのある表情を浮かべる女子。

 前者は単純に俺がユナの彼氏じゃなくてよかったと思っているのだろう。

 後者は……なんだろう、わからない。


 妙に微笑ましく生暖かい視線なのはなぜだろう。


 朝比奈と呼ばれていた女子生徒は「ふぅん……」と顎に手を当てつつ口元には隠しきれない笑みを刻みながら、ひとまず納得したように席に座った。


 ユナの様子を横目でうかがえば、あまり表情は変えていないものの視線に不満さをにじませながら俺を見上げていた。

 ……何か悪いことをしただろうか。


 だが、すぐに視線を外し……小さくため息もついている。

 呆れられているやつか? 全くわからん。


「じゃあ、次の質問――」


 それからしばらくの間、俺とユナは質問攻めにあうことになり――ほとんどを俺が答えたため、微妙な疲弊感を感じつつ席に戻る。

 あまり過保護は良くないとわかっているけど、今日くらいはいいだろう。


 ただ視線を浴びたことで疲れたのか、クルミ色の瞳には力がなかった。

 家に帰ったらちゃんと労わろう。

 まずは昼食の用意からだな。


「とまあ、これで二人の紹介は終わりにします。わからないことは気軽に聞いてくださいね。続いて皆さんも軽く自己紹介をしましょうか。名前とアピールポイントを一つずつ、テンポよくいきましょう」


 指名された窓際最前列の男子生徒が振り向き――正確にはユナの方を真っすぐに見て、クラスメイトの自己紹介タイムが始まった。

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