第13話 見せつけてるの
朝食で腹を満たしたら、他の準備を済ませてしまう。
交互に脱衣所で着替え、ユナの髪を直し、持ち物の確認を二人でする。
今日の日程は始業式とホームルームくらいだから、気持ち的には楽だ。
課題もきっちり終わらせてあるので問題ない。
「遅刻しないように早めに行くか?」
「……ん」
ソファで一休みしつつユナの横顔を見れば、やっぱり緊張しているのか強張りのようなものが
返事にも間があったし、こころなしか落ち着きがないように思える。
それも仕方のないことだとは思う。
学校という場所に、無意識な苦手意識を抱いていてもおかしくはない。
苦い経験は脳裏に焼き付いていて、その光景が浮かぶのだろう。
「――いつでも頼ってくれていい。傍にいるから」
だから言葉として伝えて、少しでも安心させようと考えた。
気恥ずかしさはあるけれど、それでユナの心が楽になるなら安いものだ。
ユナはぱちくりと目を瞬かせたものの、嬉しそうに目を細めながら頭を肩に
さらりと流れた細い髪。
半そでのブラウスから伸びる白い腕が触れて、小さな手が俺の手に重ねれられる。
つつ、と手の甲を細い指先がなぞって、
「頼りにしてる」
耳元で甘く
「任せろ」
その信頼を受け止めて短く返す。
くすぐったくも温かい気持ちが湧き上がって、しばらくそのまま手を重ねていた。
「……そろそろ出るか」
「ん」
今度の返事に曇りはなく引き締まった表情のユナと共に、玄関を潜るのだった。
外は快晴、
夏休み中に通った道を思い出しながら、ユナの気持ちを紛らわすように手を繋いで学校まで歩いていく。
なるべく日陰を歩くのを忘れない。
ユナは日焼け止めを塗っているとはいえ、なるべく日差しは避けたほうがいい。
家から離れるにつれて、自分たちと同じ制服を着た人が増えてくる。
寝不足なのか欠伸を噛み殺しながら歩く人、友達と談笑する人、一人で黙々と歩く人など様々だ。
だが……どうにも、視線を感じた。
その多くは俺ではなくユナへ注がれている。
「……大丈夫か」
ユナは静かに頷く。
声を出さないのはユナも視線を感じているからだろう。
ユナはとても可愛い容姿をしている。
それが原因の一つになって負の感情を向けられたこともあった。
だからもしかしたらと考えているのだろう。
並んで歩いていたから気づいたが、歩幅が少し小さくなった。
目を合わせないようにと顔を僅かに下へ傾けている。
そんなユナが見ていられなくなって、繋ぐ手をきゅっと握って、
「ここにいるから」
「……ん」
か細くも、絞り出すように返事をしてくれる。
ユナも手の感触を確かめるように、握る力の強弱を変えていた。
そのまま他の生徒の流れに沿って、学校に到着する。
事前に担任から言われていたクラスは二年三組。
靴を履き替え、案内板の地図に従って教室へ。
扉の前で立ち止まり、
「行けるか?」
「……ん。ユナから入らせて」
「……わかった」
本人が行きたいと言っているなら好きにさせたい。
俺はなにかあったら支えることにしよう。
深呼吸を待って、ユナが扉に手を掛けた。
すっと横に扉が開き――教室にいた生徒の視線が一気に集中する。
目、目、目。
敵視するような視線がないことだけに安堵しつつ、ぎこちなさの残るユナと一緒に自分の席へと進んだ。
俺が窓側の最後列なのに対して、ユナは中央の最後列。
ユナは荷物だけおいて俺の方に寄ってきたので、逆にユナを座らせる。
「席は離れてたな」
「寂しい」
「視線は大丈夫そうか?」
「……なんとか。話すのはまだ、だめそう」
「少しずつ慣れていけばいい」
初めからクラスメイトと仲良くなれるとは考えていなかった。
ユナの中で折り合いをつけてからでも遅くない。
それに、俺が緩衝材として間に入るつもりだ。
過保護と言われればその通りだけど、安全策は可能な限り講じる。
出来れば早いうちに同性の友達を作って欲しいところだが……上手くいくだろうか。
教室中から俺たちへ勘繰るような視線が送られていた。
俺たちが夏休み前まではいなかったことに気づいているのだろう。
ユナの容姿で記憶に残らないはずがない。
「注目されてるな」
「……わかってる」
「ユナは可愛いからな」
「それだけじゃ、ない。エイジも」
「俺ではないだろ。注目されるほどの容姿じゃない」
平均的な身長と背格好、筋肉質でもなければひょろい訳でもない。
顔だって親からは整っていると言われるものの、微妙に陰気な雰囲気があるとも言っていた。
そもそも親の評価なんてあてにならないので、自分の顔面偏差値は平均くらいに見積もっている。
ユナといる関係上、清潔感には気を遣っているものの、それくらいだ。
逆にユナの方はわかりやすく優れた容姿をしている。
ちょっとだけ眠たげな目元は穏やかな印象を受けるし、髪はきっちりと手入れされているのがわかるサラサラ具合だし、顔立ちもパーツも整っている。
総じて見守りたくなる女の子……というのが、ユナを知った人が抱く感情だろう。
それだけならよかったのだが、全ての人間が善意ばかりを抱くはずがない。
「……なにもわかってない」
不満げな呟きと共に、ユナは俺の腕を引き寄せる。
突然のことに反応できず、成されるがままに腕を抱かれ――浅い谷にすっぽりとはまってしまう。
否応なしに押し付けられる柔らかい感触に、かあっと腹の奥が熱くなる。
それを、教室中の生徒が目撃した。
視線が殺到するのが見なくてもわかった。
「ユナっ、ちょっ、見られてるから」
「……見せつけてるの。エイジはユナのものだって」
「なんでそんなこと……」
「だって、取られたくないから。エイジはユナだけのものだから」
いじらしい表情のまま、さらにぎゅっと抱き着いた。
子どもがおもちゃの所有権を示すように、その姿を隠そうともせず。
「ユナだけのものって……別に俺はどこにも行ったりしない」
「……誰のものか示しておくのは大事」
ユナが言いたいことがわかってしまっただけに、複雑な感情を抱いてしまう。
でも、ユナが心配しているようなことは起こらない。
そこまでの魅力が自分にあるとは思えないし、俺にはユナがいればそれでいい。
「離してくれるか? ほら、そろそろホームルーム始まるし」
「……ん。ごめん」
「悪気がなかったのはわかってるから。それに……ちょっと嬉しかった」
少なくとも誰にも渡したくないと、自分のものにしたいと思ってくれているのは、一人の人間として価値を見出された気がして。
いつもの調子で頭を撫でようと手を伸ばし――ここが学校なのを思い出すも今更だなと感じて、そのまま髪を崩さないように撫でる。
それで今は満足したのか、抱いていた腕を解放して頬を緩めたまま自分の席に戻っていった。
ほどなくしてホームルームの開始を告げるチャイムがなり、担任の
笑顔で教壇について、
「――みなさんお久しぶりです。夏休みは楽しめましたか? ここからは長い二学期が始まります。頑張りましょう」
そんな言葉から、夏休み明けのホームルームが始まった。
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