第12話 ダメなとこ


 夏休みが明けて――初めての登校日、朝。


 先に目覚めたのは俺だった。

 時間を見れば6時20分を過ぎたくらい。

 二度寝をせずに隣で熟睡しているユナを起こさないようにベッドを抜け出し、登校の準備を始める。


 身だしなみを最低限整えてからゴミ出しをして、朝食の準備に取り掛かった。

 今日はフレンチトーストにすると決めていたので、昨日の夜に仕込みをしてある。

 薄切りベーコンを焼いて、スクランブルエッグも作って……ああ、ユナが好きだからって買っていたリンゴのジャムで食べてもいいな。


 朝は基本的に起きれる俺が作ることになっていた。

 ユナほどの腕はないものの、困らないようにと母親に仕込まれているのである程度ならこなせる。


 学校もあるので手間を押さえたメニューになりがちだから、それもどうにかしていきたい。

 同じような物ばかりだと飽きてしまうし。


 そんなことを考えつつ、昨日のうちに卵液につけておいた4分の1に切った食パンを、バターをひいたフライパンで焼いていく。

 並行して別の小さなフライパンでスクランブルエッグを先に作り、スペースが空いたところでベーコンを焼く。

 味付けはシンプルに塩コショウだけ。


 焼き加減を見つつ、フレンチトーストを裏返す。

 バターのいい香りがパチパチという弾ける音と共に、キッチンへ広がった。


 出来上がったスクランブルエッグとベーコンは皿に盛り付けておく。

 使った小さい方のフライパンに水を張っておいて、


「今日は午前終わりだから弁当はいらないし……ユナを起こすか」


 キッチンを出て部屋へ向かった。


 初日から遅刻なんて事態は避けたい。

 フレンチトーストはひっくり返したばかりだから、起こすなら今の内だ。


 ユナは朝に弱い。

 まず間違いなく二度寝をして、起きてから一時間くらいは頭がぽやぽやしている程度には朝に弱い。


 なので、早く起こすに限る。


 視線の先、ベッドではユナがサメの抱き枕と一緒に眠っていた。

 すう、すうと響く静かな寝息に伴って、掛布団が小さく上下する。


 なんとなく起こすのを躊躇ためらってしまうような光景を前にしても、ひるまずにユナの傍へ。

「起こして」と言われているため、怒られるようなことはないだろう。


「ユナ、朝だよ」


 軽く声をかける。

 だが、返ってくるのは無反応。

 熟睡していて耳に届いていないのだろう。


 ユナの肩を軽く揺すって、再度声をかけた。

 すると「……ぅう」と小さく呻いて、寝返りを打つ。

 起きている気配はない。


 ……わかってはいたけど強敵だな。

 昔よりも、さらに朝に対して弱くなっている気がする。


 だけど、諦めるわけにもいかない。


「……悪く思うなよ」


 聞こえていないであろうユナに断わりを入れつつ、顔をユナの耳に近づける。

 ほのかな甘い香り、きめ細やかな肌が間近にあって心臓に悪い。

 息遣いまで聞こえてきて、その源泉であるうるわしい唇に視線が吸い寄せられた。


 しかし、その全てをどうにか意識からはいして、さっきよりも強く肩を揺すりながら、


「――ユナ、起きてくれ。じゃないと……」


 ふぅ、と耳たぶに、優しく息を吹きかける。


 僅かにユナの肩が震えて。


 瞬間、ぱちりと長い睫毛が瞬いた。

 眠気の残ったクルミ色の瞳に映る俺の顔。

 頬がほんのりと赤く色づいていて、小さく空いた口元から「……あ」と舌ったらずな声が漏れ出す。


 もういいかと顔を離して、


「おはよう、ユナ」


 改めて言ってみれば、「……おはよ」と小さく返ってくる。


 まさか一度で目が覚めるとは思っていなかった。

 ユナはちゃんと目覚める前に二度寝してしまう日が大半。


 今日は寝起きがいいらしい。


「珍しいな。あと一時間って二度寝すると思ってたのに」

「……できるわけ、ない」

「学校行くのに緊張してってことか?」

「……やっぱり不公平。ユナだけこんな気持ちになってるの、なんか許せない」


 眉を寄せながらむっとした表情を浮かべ、俺を見てくる。

 俺は緊張してなさそうに見えるってことだろうか。


「俺は楽しみだったんだけどな。また、ユナと一緒に学校行けるし」


 言って、軽く頭を撫でてやる。

 色々と大変なことはあるだろうけど、それよりもユナと学校生活を送れる喜びの方が勝っていた。


「……そういうとこ。エイジのダメなとこ」

「なんで?」

「なんでも」


 呆れたと言いたげな色を目線に宿しながら、ユナはベッドから身体を起こした。

 両腕を頭の上へ伸ばしつつ欠伸をして、猫のように瞼を擦る。


「じゃあ飯作りに戻るから、顔洗って待っててくれ」

「ん」


 こくりと頷いたユナに背を向けて、一人でキッチンへ戻っていく。

 俺がいなくなったら二度寝をするんじゃないかと心配していたが、洗面所へ向かっていくユナの足音がしたので胸を撫でおろした。


 準備していたフレンチトーストを焼き終え、盛り付けたものをリビングのテーブルに運んでおく。

 六枚切り食パンを使った厚めでふわふわのフレンチトースト、半熟卵のスクランブルエッグ、こんがり焼いて塩コショウで味を付けたベーコン。

 他にもリンゴのジャムや牛乳を準備したところで、ユナがようやく洗面所から戻ってくる。


 顔は洗ってきたようだけど髪は直していないようで、ぴょこと寝癖がついたままだった。

 食べたら直せという無言の圧を感じる。


 まあいいんだけどさ。

 ユナの世話を焼くのは好きだし、昔からだから慣れてるし。


 あんまり難しい髪型とかはできないけど。


「フレンチトースト?」

「おう。昨日のうちに準備しといたからな。食べれるか?」

「ん。好き」


 頬をほころばせつつ席に着く。

 俺も座ってから挨拶をして、二人揃って朝食にありついた。

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