第11話 気づいてしまった


 学校にいたのは一時間程度だったが、それでもユナは久しぶりだったからか疲労感を感じているらしく、ソファのクッションに顔をうずめてぐったりとしていた。

 女子高校生らしい短さにされたスカートが捲れないかとひやひやして、とてもじゃないが見ていられない。


「着替えたほうがいいんじゃないか? 制服、しわになるぞ」

「……ちょっと、無理」


 着替える元気もないらしい。

 声に力はなく、身じろぎ一つとしてしない様子は気を失っているのかと勘違いしてしまいそうだ。


 外は暑かったし、ユナはインドアなため体力が少ないことも原因の一つだろう。

 加えて約一年ぶりに学校に行くという精神的に疲労することをしているので、仕方ない感はある。


「ま、休んだら着替えてくれよ」

「ん」


 それだけ聞ければ満足と、俺は脱衣所で着替えを済ませる。

 楽な部屋着姿になったところでソファに座ると、ユナがクッションから顔を上げた。


 無言のまま、何かを求めるようにクルミ色の瞳をこちらへ向けている。


「……そいえば帰ってきたら頭撫でるって話だったな」

「覚えてた」

「約束したし」


 ユナはクッションを退けて俺の膝に頭を乗せる。

 頬ずりして甘える姿勢は、きっと疲れの影響もあるのだろう。


 身体に触られても構わないと信頼の裏返しを示してくれるユナにくすぐったいものを感じつつ、ユナの長くサラサラとした髪を手櫛てぐしいた。

 途中で絡まることのない髪の手触りは、いつまで触っていても飽きることはないと感じてしまう。


 髪をいて、少しだけ地肌に指が当たるように撫でていく。

 ユナの表情が次第に緩んでいき、もっとと強請ねだるように頭をぐりぐりと腹に押し付けてくる。


 ……ほんと可愛いな。

 なんていうか、なついた後の猫っぽさがある。


 出来心で喉元を空いている左手の指で撫でると、一切抵抗しないどころかくすぐったそうに受け入れるのみ。

 頭を撫でさせるどころか抱き着かれているので拒否されるとは思っていなかったけど……抵抗感が皆無かいむだと思うものがある。


 男として見られていない気がして複雑な気分になるし……そう考えてしまう自分が嫌になった。

 意識を逸らすべく撫でる手に集中していると、気づけばユナは静かに寝息を立てて眠っていた。


 無防備に緩んだ顔のまま、強張こわばりが完全に取れている寝顔。

 膝に乗った重さと人肌のぬくもりに、温かいものを感じてしまう。


「……ほんと可愛いよな」


 寝てるのをいいことに想ったことをそのまま口に出しつつ、ふっくらとした頬を指でつつく。

 弾力はあるのにもちもちとしていて、柔らかくどこまでも沈んでいく感覚に、つい頬がほころんでしまう。


 ふにふに、ふにふにと頬を優しく押していると、ユナがころんと腹の方へ頭の向きを変える。

 起こしてしまったかと見てみるも、穏やかな寝顔のままで胸を撫でおろした。


 庇護ひご欲を沸き立たせるあどけない寝顔は作り物めいていているのに、通った僅かな赤色がユナを人間だと示している。


「……守らないとな」


 胸の奥で、いつかの思いが再燃するのを感じた。


 ユナに対して抱いている感情は、明確に割り切れるものじゃない。

 綺麗な感情もみにくい執着も混じりあったものだ。


 幼馴染として支えたいという思いも、そばに置いておきたいいとおしさも、誰にもこんな可愛い姿を見せたくない独占欲も少なからずある。

 そして幼馴染としてだけでなく――一人の異性としてユナを見た感情もあった。


 でなければこんなにも……ドキドキしない。

 この生活にも少し慣れてきたし、前まではそんなことを考える余裕がなかったけど、今ならわかる気がした。


 俺がユナに抱いている感情は幼馴染という範疇はんちゅうで収めるには重く、恋愛対象の異性へと向けるには軽い、中途半端だと切り捨てられても仕方のないもの。

 それでもユナが大切なことは、絶対に嘘じゃない。


 幼馴染でもあり、淡い恋慕れんぼを抱く一人の異性。

 そう、気づいてしまった。


「……ままならないよな、ほんと」


 俺の苦悩も知らないでと、文句をぶつけるように頬をつつく。

「んぅ……」と僅かに開いた口元かられた吐息。

 指に頬を寄せられたので、つつくのをやめて指の腹で撫でることにする。


 こうして寝ている間も俺の理性を試してくるのだから、本当に油断できない。

 無自覚な行動の数々に心臓が驚かされてばかりだし、今後も続くのだろう。


 ……気を付けよう、色々。


「昼は……俺が作るか。暑いしそうめんとかにしようかな。買い置きがあったはずだし、薬味とおにぎりとかで」


 ぐったりしているユナに昼食を任せようとは思えなかった。

 頑張ったのだから、動ける俺がやるべきだ。


 夏の制服に身を包んだユナ。

 失った時間を取り戻すような、言葉にできない感慨深さと尊さがある。


 このスカート丈で無防備に寝られるのは、ちょっとばかり言いたいことがあるけど。


 膝にユナが乗ったままではタオルケットも取りに行けない。

 かといって、膝枕を中断するのも気が引けた。


 要するに俺が見なければいいだけの話だが……どうやっても視界に白い脚の、もっと言えば太ももの結構危ない場所まで見えてしまっている。

 身じろぎ方によっては下着が見えてもおかしくない。


 そりゃあ同居生活をすることになって、洗濯のときは目にしてしまう。

 が、履いているのとは別の話。


 普段の態度的にユナは見ても怒らないのだろうけど、そういう問題ではない。

 居たたまれなくなって、ユナへの態度がぎこちなくなってしまう。


 すると何かあったのかとユナが心配する。

 俺の感情でユナをわずらわせたくはなかった。


「……興味がなかったら、もっと楽だったんだろうな」


 意味のない仮定を呟いて、自嘲じちょうするように鼻を鳴らした。

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