第10話 担任との顔合わせ


 引っ越してからの数日は、瞬く間に過ぎていった。


 やったことと言えば夏休みの課題と日々の家事くらいで、基本的には二人でまったりと過ごしていた。

 元々外に出ない俺とユナは特に息苦しさを感じることもない。

 ちょっとしたトラブルはあったものの、言い合いや喧嘩けんかをすることはなかったため、今後もこの空気感を継続したい。


 そんなこんなで、月曜日。

 俺とユナは部屋で転校先の学校……常守高校の制服を着用し、互いに見合っていた。


 男子用の制服は下が黒、上は夏服なので白の半そでシャツだ。

 袖に入った紺色のラインがアクセントになっている。


 女子用は紺色のプリーツスカートで、白のブラウスはシャツと同じように紺色のラインが入っていた。

 膝上数センチのスカート丈。

 ユナは白いおみ足を惜しげもなくさらしていて、スカートの裾を摘まみながら、


「どう?」

「似合ってるよ」


 感想を聞いてきたため、間髪入れずに答えた。

 あまりにあっさりしすぎていたからか疑うような視線を向けられるも、結局は褒められたことを嬉しく思ってくれたのか頬を緩ませる。


 こうして制服を着ている姿を見ると、やっぱり高校生なんだなと懐かしさを覚えた。

 なにせ、ユナは約一年ほど学校に通っていない。

 当然、制服を着ることもなくなったため、一周回って新鮮さすら感じる。


 だけど――


「もしかして、緊張してる?」


 気楽な調子で声をかけると、ユナはぴくりと眉を上げた。

 自覚していたが、俺にばれているとは思わなかったのだろう。


「どうしてわかったの」

「雰囲気がいつもより硬い気がした」

「……そっか」


 ユナは僅かに俯きつつ呟いて、人差し指で頬をく。

 顔を上げてから距離を詰め、


「頭、撫でて欲しい」


 上目遣いのまま求められては拒否できないが……


「髪直したんだろ。いいのか?」

「ん」


 むしろ早くしてとばかりにシャツのすそを引っ張るので、甘えるユナの頭を苦笑しつつ撫でてやる。

 可能な限り髪を乱さないように優しく、不安を取り除くようにゆっくりと。


 細められた目元がユナの感情を如実にょじつに表しているようだった。


「そろそろいいか」

「んー……仕方ない。今はこれでいい」

「今は?」

「帰ってきたらまた撫でて。頑張ったって」

「お安い御用だ」


 約束をして、時間を確認する。

 午前九時を過ぎた頃……一応、予定の時刻は九時半。

 そろそろ家を出たほうがいいだろう。


 最後に忘れ物の確認をして、玄関を潜った。



 ■



 道に迷わないようスマホの地図を片手に炎天下の街を歩くこと十分ほど。


 見えてきたのは綺麗な外観の大きな校舎。

 舗装された並木道を通って校舎の玄関に到着すると、ウェーブのかかった髪の優しげな女性が俺たちの方を見て微笑んだ。


「おはようございます。篠原しのはらエイジくんと成瀬なるせユナさんですね。私は今日の案内と、二人の担任になる藤々木とときアカネです」

「成瀬ユナ、です」

「篠原エイジです。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。さ、二人とも中へどうぞ」


 礼を交わし、藤々木先生の後を追って校舎に入った。


 スリッパに履き替えてから藤々木ととき先生についていき、職員室の隅にある談話スペースのような場所に通される。

 促されるままユナと並んでソファに座り、正面に紙コップで水が一つずつ置かれた。


 対面に藤々木ととき先生が座ったところで手を叩き、


「――改めまして、藤々木アカネです。二人が学校に登校するのは夏休み明けからですね。そこでクラスに紹介という運びになると思います」

「はい。なるべく馴染めるように頑張ります」

「何か困ったことがあれば周りを頼ってくださいね。私でも、クラスの生徒でも」


 微笑みながらの言葉に、俺は人当たりのよい表情を作って頷く。

 隣のユナは眉一つ動かしていないが、単に人見知りと緊張によるものだろう。


「今日のところは顔合わせと、新学期に向けての手続きですね。とはいっても編入は決まっているので、諸々の確認だけです」


 藤々木先生がテーブルに纏められたプリントの束を一つずつ置いた。


 プリントの内容に目を通してみると、大体は学校生活に関する注意事項や住所確認などのもの。

 一つ一つチェックして間違いがないのを確認し、ユナも終わったところで「大丈夫です」と返事をする。


「学生証と生徒手帳は新学期の登校日に渡すことになります。それにしても……同じ住所? 二人は一緒に住んでいるんですか?」

「……ええ、まあ」

「二人は生き別れの兄妹とかではない、ですよね」

「えっと……俺とユナは幼馴染で、諸事情で二人だけで転校することになったんです。なので二人で暮らしてます」


 転校することになった理由の部分だけはぼかして説明すると、ぱちくりと目を瞬かせて俺とユナの顔へ順に視線を送り、


「――ええーっ!? 二人、二人でっ!?」

「……そんなに驚かれても困るんですが、はい」

「あっ、ごめんなさい。つい……ということは一緒の部屋に――」

「……まあ」


 なんでもない風に一言返して水を飲んだ。


 藤々木先生が危惧きぐしている内容はわかる。

 今から何を言われたところでどうしようもないが。


「……一応、念のため、余計な心配だとは思いますけど、不純異性交遊はダメですからね?」

「わかってますし親も納得の上なので。な、ユナ」

「ん。エイジは大切にしてくれる」

「……ならいいのですが。私に口出しする権利もありませんし、この話はここで終わりにしましょう」


 ぱん、と手を叩いて話を切り、藤々木先生が必要な書類だけを回収した。


「教科書も後日届くと思いますし……今日はこれくらいですかね。質問などあれば受け付けますが」

「俺は大丈夫そうです。ユナは」

「だいじょぶ」


 それならと持ち帰るプリントを鞄に入れて、職員室の外に出る。


「お疲れさまでした。時間があれば校内を見て回ってもいいので、気を付けて帰ってくださいね」

「はい。ありがとうございました」


 ユナと揃って礼をして、職員室前から移動する。


「少し見てくか?」

「エイジが行くなら」

「……まあ、学校始まってからでいいかな。迷ってもあれだし」


 案内人がいないのに見知らぬ場所を散策する勇気はない。

 新学期が始まってからでも時間はあるだろうと思い、今日は帰ることにして癖でユナと手を繋ぎ――誰にも見られていないのを確認して安堵するのだった。

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