第9話 好き……だよ?
「うっそだろ……?」
「このくらいよゆー」
したり顔で呟くユナ。
画面には一周のハンデをものともせずに勝利したユナのキャラクターが、一位という文字と共に表示されていた。
俺は本気でやっていたが、それでもユナに負けたのだ。
コーナー最速を攻めるドリフト、妨害への的確な対応、コースに落ちているアイテムを使ったショートカット。
それらの技術を用いた結果……一周のハンデは縮められ、三周目のゴール直前でユナに抜き去られてしまった。
ユナのゲームの腕前を信用していないわけではないが、ここまでだっただろうか。
いやまあその頃から勝てる気がしないほど上手かったけど。
「負けたかあ……流石に今回は勝てると思ってたんだけどな」
「今日は本気も本気だから」
「……練習しておこうかな、
「ユナも付き合う。ゲームは一緒の方が楽しい」
「それはそうなんだけどさ。逆にユナは俺とやってて楽しいのか? こんだけ力量差あるのに」
「ん。エイジとならなにやってても楽しい」
機嫌よく振り向いて、頭を胸に預けた。
頬ずりして甘える
「ね、勝ったからお願い、聞いてくれるよね」
「そういう約束だからな。一応内容にも限度ってものがあるってことは先に言っておくぞ」
「ん。手を繋いで寝るだけ。いい?」
身構えていたが、それくらいなら大丈夫だ。
というか昼寝のときにそれ以上のことをしている気がするし、手を繋ぐなんていまさら感が強い。
思ったより控えめな内容だったことに
普段はもうしばらくやるのだが、今日は一戦で満足したのだろう。
それくらいに手を繋いで寝るのを楽しみに思っていると考えるだけで熱いものが込み上げてくるが、悟られないように平常心を保つ。
俺も寝る用意のために部屋の戸締りを確認し、ユナが待つ部屋へ。
見るからに機嫌のいいユナからは眠気が感じられず、本当に寝られるのか心配だ。
昼寝もしたからなあ、と思いつつも、横になっていれば眠気が来るだろうという予感もあった。
認識していなかっただけで疲れているのかもしれない。
「
「……ん。暗いのダメだから」
申し訳なさそうに眉を下げつつ口にするユナ。
色々あって、ユナは完全な暗闇が苦手だ。
俺は完全に消灯して寝るタイプだったけど、常夜灯くらいならついていても問題なく寝られる。
スイッチを操作してオレンジの灯りだけになってからベッドに入り、ユナの頭を
すると少しは良くなったのか、自然と
ユナがいそいそと横になったのを見て俺も続き、布団をかけた。
「手、繋ぐ」
「そうだったな」
布団の中でユナの手を探り、
細く小さく、ふにふにとした柔らかい感触の手。
ほんのりとした冷たさのそれを握って、ぬくもりを少しずつ分けていく。
「……違う。こうじゃない」
だが、ユナは不満を表して手を解き、今度はユナの方から握ってくる。
指と指を絡め、手のひらを合わせるような握り方――俗にいう恋人繋ぎだった。
より密着度が増した繋ぎ方をして、「……ん」と満足したようにユナは喉を鳴らす。
「これで寝る」
「いいけど……寝にくくないか?」
「いいの。勝利者特権」
そう言われれば納得するしかない。
気恥ずかしさは感じるものの、約束だからと鼓動を速める心臓に言い訳をする。
薄暗い部屋、エアコンの稼働音と二人の吐息、もぞりと身じろぐ僅かな音。
程よく熱を奪っていくユナの手の温度が、じんわりと眠気を誘う。
「……ユナ、頑張るよ」
ぽつりと、
「無理する必要はないからな」
「ん。でも、いつまでも閉じこもっていられない。それに……エイジが一緒にいてくれるから、だいじょぶ」
「……そっか」
短く、一言だけ返す。
明確に言葉として信頼を伝えられると、照れくささを感じる。
直接的な
こればかりは俺の気質だろうからどうしようもなさそうだ。
小さくユナは鼻を鳴らして、布団の中で身体を寄せてくる。
腕は触れ合わないものの、どちらかが動けば触れて、顔を向ければ吐息がかかるような距離。
俺は仰向けに寝たままだったが、ユナは構うことなく横向きに寝てこちらを向く。
「なんだか、とっても胸があったかい。どうしてかな」
「……さあな」
「まだ寝たくない」
「寝るまで起きてるって」
「そこは「今夜は寝かせない」って言って欲しかった」
「言えるわけないだろそんなの……」
手を繋いでいない右手で顔を覆いつつため息をつく。
こんな顔をユナに見せたくはなかった。
多分、今、俺の顔は相当に歪んでいるだろうから。
まるでユナがそういうことを期待しているように聞こえて、一瞬だけそういう光景が脳裏に浮かんでしまった。
「エイジ」
「なんだ」
「これからずっと、一緒にいていいの?」
恐る恐る、声の
表に出していなかっただけで、ユナは自分がやっていけるのか不安なのだろう。
俺との同居生活もそうだし、夏休みが開ければ学校も始まる。
新しい人間関係を構築するのに、一年前の記憶が邪魔をするのも理解しているつもりだった。
本当の意味で俺はユナが負った傷の痛みを理解することは出来ない。
持ち前の優しさと
ユナが学校を休んで事態が発覚したときの、あの歪んだ泣き顔は二度と忘れられないだろう。
「……ああ。頼まれなくても、要らないって言われても、ずっと一緒にいてやる」
だから、俺は寄り添うと決めたんだ。
いつでも寄りかかれて、なにも隠す必要のない自分を全て
「嬉しい」
「……余計なお節介か?」
「ううん、全然。いてくれないと嫌」
……ああ、もう。
無性に顔が熱くなってくる。
「ねえ」
「なんだ」
「ユナ、エイジのこと好き……だよ?」
あまりに自然な口調で告げられた『好き』に、思わず思考が飛んでしまう。
その『好き』はきっと、幼馴染としてのものだと思い込みたくて。
ユナの行動が幼馴染の『好き』から
こんな顔を見せたくないと思って顔を僅かに背けながら、「……そうかよ」と
それからユナが寝るまで適当に話を合わせつつ、一向に消える気配のない顔の熱を意識して、結局寝られそうにないことを察した俺は深いため息をつくのだった。
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