第8話 手加減なしね
風呂を上がってリビングに戻ると、ソファでスマホを眺めていたユナが顔を上げる。
隣をポンポンと叩いていたので、そこに腰を下ろすと隙間を埋めるようにユナがすり寄った。
風呂上りで熱の残った腕と腕が触れ合う。
「くっつくと暑いぞ?」
「いいの」
「ならいいけど……」
部屋はエアコンが効いているから丁度いい室温に保たれている。
これくらいなら許容範囲だ。
ユナはスマホの画面に集中しつつ、せわしなく指を動かしている。
ゲームでもしているのだろう。
それならと俺もスマホを操作する。
風呂中の連絡がなかったのを確認して、近辺の地図を調べた。
家の近くにはコンビニ、スーパー、ドラックストアと生活するのに困らない店が揃っている。
徒歩十分圏内には夏休み明けから通う予定の高校もあるし、駅も近い。
なんだかんだで登下校にかかる時間は馬鹿にならない。
そういえば夏休みの間に一度学校を訪問することになっていたな。
ユナが行けるか心配だけど……最悪、その日は休ませよう。
無理をさせては本末転倒だ。
「飽きた」
突然、ユナが気だるげに呟いた。
スマホから目を離せば、こてんと身体を倒して俺の膝を枕にしてご
仰向けに寝転がったことで、クルミ色の瞳がぼんやりと俺の顔を映している。
外に広がった髪を直してやると、くすぐったそうに身じろいた。
「折角二人なのに、別々は嫌」
「……じゃあなんかするか? 夏休みの課題とか」
一応、俺もユナも課題はある。
引っ越しをする前にある程度はやっているものの、後に残しておけば面倒だ。
俺の成績は際立って良いとはいえない。
ユナと一緒にいるためにも努力はするつもりだが、それがどこまで続くのか。
凡人らしく予習復習と積み重ねることに決めている。
逆にユナは中学の頃、考査の順位は学年主席だった。
普段は気が抜けていて眠そうという評価を受けるものの、授業中の集中力が凄まじく軽い復習だけで成績を維持していたそうだ。
俺としては冗談じゃないが、それが真実だと知っている。
ユナも勉強自体はそこまで嫌いではないが、課題として出されるのは嫌いらしい。
だから時々課題を当日の朝までやらなかったりするのだが……それはそれ。
「面白くない。ゲームしよ?」
「いいけど……俺じゃ相手にならないだろ」
「いいの。二人でやるのが楽しい」
そこまで言われれば断れない。
頷いて見せると、ユナは膝枕から起き上がって用意を始める。
テレビにゲーム機のコードを繋いで電源を入れ、コントローラーを一つ手渡された。
ユナが選んだのは車を操作してゴールを目指すゲーム。
まだ出来る方のゲームでよかったと安心していると、ユナが俺の
あったかく柔らかで弾力のあるお尻の感触。
俺の胸を背もたれにするようにユナが寄りかかる。
ふわりとシャンプーの甘い香りが鼻先に漂った。
「……ユナ?」
「このままゲーム」
「いやそれはちょっと」
「……もしかして、重い?」
「んー……もうちょっと食べたほうがいいんじゃないかな」
腿に人が座っていると考えると重さはそりゃあ感じるが、ユナの歳を考えるともう少し重さがあってもいいとも思う。
羽のように軽いなどとは言わないが、それでも台風の風に巻き込まれれば飛ばされてしまいそうだ。
だが、その評価はユナとしては不服だったのだろう。
むっとした表情で振り向いて、
「重くない」
「別に重いとは言ってないって」
「じゃあこのまま」
もう動く気はないと意思表明をするユナに、俺は頬が引き
このまま座りながらゲームをするなんて、とてもじゃないが集中できる気がしない。
というのも……ユナのお尻が密着状態で当たっているのだ。
小柄で引き締まっていながら特有の柔らかさを持ったそれが身じろぐのに合わせて形を
それ自体はいい……いや良くはないのだが、俺の男としての部分が反応しないか心臓が痛いくらいに
「ユナ? 見えにくいから降りるって選択肢は」
「ない。ここがいい」
「
残念ながら降りる気はないらしい。
首をもたげる欲求を頭から抑えつつ、
仕方ないので後ろから抱きかかえるような形で腕を前に回し、コントローラーを握った。
ぴくりと、ユナが
「……ずるい」
「なにが?」
「なんでもない。折角だから、勝負しよ」
「……俺がユナに勝てるわけないだろ」
ゲームの実力はユナの方が圧倒的に上だ。
ハンデなしに戦っても勝算はゼロに等しい。
「ん。だから、ユナは一周遅れで出る」
ユナが提示したハンデに思わず眉が寄る。
ゲームの勝利条件は指定されたコースを先に三周すること。
妨害ができるとはいえ……一周のハンデは相当に大きい。
いくらユナが上手すぎるからといって、それで本当に勝てるのだろうか。
言い出しているからには勝算があるのだろうけど、流石に
「いいけど、負けても文句言うなよ?」
「勝つからいい。で、勝った方が一つ命令できる」
「命令って……負けるつもりはないけどなにさせる気だよ」
「内緒。じゃ、始める」
ユナが操作し、キャラを選んだところで画面が上下で二分割されてレースが始まる。
俺が見る画面は下。
3、2、1のカウントダウン。
スタートダッシュを決めてNPCのキャラを抜き去って一位を走る。
流石にNPC相手に負けるほど下手ではない。
安定したレース運びで首位をキープしたまま一周目のゴールを迎え――
「――行く。手加減なしね」
小さな呟き。
テレビの画面に反射するユナの顔は、真剣な眼差しのまま口角を上げていた。
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