第6話 一緒に入る?
「お風呂、どっち先に入る?」
夕食の片づけをして戻った俺に、ユナがリビングのベッドに座りつつ声をかけた。
「ユナからでいいぞ。男の後に入るのは嫌だろ。夜飯作ってもらってるし、先に休んでくれ」
「エイジなら気にしない。それに、エイジも片付けして疲れてる」
ユナも
出来ることなら先に入ってもらいたい。
湯上りのユナをあまり見なくて済むからだ。
しかしユナは首を縦に振らず、
「――じゃあ、一緒に入る?」
そんな提案を平然とした。
沈黙。
どうしたの? と不思議そうに向けられるクルミ色の瞳をまじまじと見つめて、
「それはダメだろ」
最早驚きを通り越して
この年になって一緒に風呂は……考えるまでもない。
いくらユナの発育度合いが同年代よりも遅いとはいえ、
「男と一緒にって
「多少?」
「ならやめてくれ。それは冗談にならない」
「……ん。じゃあ先に入ってくる」
「そうしてくれ」
「その代わり……上がったら髪、乾かして」
それくらいの頼みなら聞ける。
頷いてやるとユナは嬉しそうに頬を緩め、着替えを持って脱衣所へ消えていった。
ユナがいなくなって、俺は一人ため息をつく。
「……先が思いやられる」
まだ初日なのに、どっと疲れを感じていた。
原因が主にユナの
前提として、ユナは俺の幼馴染だ。
家族ぐるみの付き合いがあって仲がいい。
異性としての意識はあまりないつもりだった。
だが、
俺はユナを幼馴染としても同い年の異性としても認識していた。
これではこの先、ユナと二人で暮らしていくにあたって色々と拙い。
ふとした瞬間に意識していては身が持たない。
理性にも限りがあり、それが尽きた時――きっと、俺はユナを不幸にする。
それだけは……それだけはなによりも
「でも、甘えられるのは拒めない……と」
ユナを大切にしたいというのは偽らざる本心だ。
異性としても幼馴染としてもだが、それがユナに伝わっているのかは
だからユナの要望はなるべく叶えたいと思うし、俺が我慢すればいいだけの話。
そんなことはわかっているが……できたら苦労しない。
などと考えている途中、スマホが着信を告げた。
画面に表示されているのは
「もしもし、母さん?」
『あっ、出たわね。ユナちゃんとの二人暮らしはやっていけそう?』
「それは多分、大丈夫」
『ならいいわ。ちゃんと家事は分担するのよ? 任せっきりなんてしてたら引っ叩くからね』
「そんなことしないって。てか堂々と引っ叩く宣言しないでくれ」
開始早々、俺への信頼が全く感じられない言葉にむっとしつつも返すと、『まあエイジのことだからその辺は心配してないけどね』と返されて微妙な気分になる。
『それで、今ユナちゃんは?』
「風呂」
『……エイジ、わかってると思うけど覗いちゃダメよ?』
「覗くわけないだろ」
『本当は気になってるのに?』
……めちゃくちゃ
電話越しにでもニヤニヤしてるのが想像できる
いい年して息子にやることじゃないだろ……と思いつつも、変に返答すると調子に乗りそうなので黙り込む。
だが、それが許されるはずもない。
『あ、そうそう。近くにドラックストアあったわよね』
「あるけど……それがなにか?」
『あんたも男なんだから、念のために買っときなさいよ?』
嫌な予感がした。
恐る恐る、「なにを?」と聞き返す。
『なにってそりゃあ、コンドームよ。子ども作るのは責任とれる歳になってからにしなさいね』
「ねえあんた息子相手に何言ってんの????」
『え? だってユナちゃんと同棲生活よ? あんたが男ならそういうことになるリスクも考えておきなさいって話よ』
「いや俺とユナは幼馴染でそういう関係じゃ――」
『ま、備えるに越したことはないでしょ? あたしたちはユナちゃんがエイジのお嫁さんになってくれるのは歓迎だし、成瀬さんもエイジならってユナちゃんを預けたんだからね』
いやいやそんなまさか。
俺がユナと結婚? 気が早いにもほどがある。
しかもユナの親まで許容してるって……どういうことだよ。
まだ高校生でそんなことまで考える奴の方が珍しい。
「……ユナがどう思ってるのかって聞いてるのか?」
『そんなの教えないわよ。気になるなら本人に聞いてみたらいいんじゃない?』
「……ならいいや」
『意外と奥手よねえ、エイジって。二人暮らしの先は長いから、愛想をつかされないようにするのね。ちゃんと思ってることは隠さずに伝えなさいよ? それが夫婦円満のコツよ』
「俺とユナは夫婦じゃない」
『近い将来、そうなるのを期待しているわっ』
明らかに上機嫌とわかる声を最後に通話が切れる。
正反対に残された、もやもやとした感情。
要するにユナを大切にしろと伝えたかったのだろうけど、そんなことはわかっているつもりだった。
でも、事が起きてからではどうしようもないこともある。
そういうことを期待しているように思われそうで本当に気が進まないけど……一応、念のため買っておいて医薬品箱の奥底に仕舞っておこう。
「……異様に疲れた」
まさか母親と話すだけでこんなに疲れるとは思わなかった。
ああいうテンションは苦手だ。
終始ペースを握られて、自分のリズムが乱される。
それに、内容も内容だ。
結婚だとか夫婦だとか、全く想像がつかないことを
ユナのことを無駄に意識してしまった。
耳に入ってくる小さな水音が強調されたかのように意識を揺らす。
顔がじんわりと熱くなっていくのを感じた。
こんな顔、ユナに見られたくはない。
上がってくる前に何とかしないと。
水音を遠ざけるようにテレビの音量を数個上げて、深呼吸をしながら気を紛らわすのだった。
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