第3話 これで手、繋げる


 外出用の服に着替えてから、俺とユナは街に出た。


 俺もジーパンと白地のTシャツというラフな服。

 ユナは水色のサイズ大きめな半そでパーカーとデニム生地のショートパンツ。


 外の気温は八月に入ったばかりということもあってか、思わず眉根が寄るような暑さだった。

 照りつける太陽は肌を焦がすようで、あまり長居はしたくない。


 ユナは外に出るならと日焼け止めを塗っていた。

 あの白すぎる肌は焼けると赤くなってヒリヒリと痛むのを知っている。


 場所は東京から東北の地方都市へと移ってはいるのだが、暑さがやわらぐ理由としては弱かったのかもしれない。


 徒歩十分くらいの最寄り駅。

 電車の本数も調べてみると地方都市ということもあって東京よりは少なかったが、極端きょくたんな時間帯でなければ不便はしなさそうだ。


 構内にある店で昼食を済ませて、帰りにスーパーで買い物をする。


「夕飯、ユナが作る」

「いいのか?」

「ん。エイジが食べたいもの作る」

「そうだなぁ……あ、キャベツ安いみたいだし、ロールキャベツとかは?」

「わかった。楽しみにしてて」


 自信をともなった返事をするユナ。

 それから慣れた様子で買い物を進めていく。


 次々と俺が持つかごに入れられていく材料と調味料。

 俺的万能調味料のめんつゆと焼き肉のたれもある。


 大体この二つがあればなんとかなる。


 会計を済ませたものを袋に詰めて両手に提げ、家へと帰る途中。


「ね、一つ持つ」

「いいって。重いし」

「貸して」


 ユナが腕を引っ張った。

 俺としてはあまり気は進まないものの、仕方なく軽い方の袋をユナに渡す。


 それを左手で持ったユナは眉を一瞬寄せる。

 思っていたよりも重かったのだろう。

 だが、平気な様子をよそおいながら俺へ横目を流して、


「これで手、繋げる」


 空いている右手の甲で、俺の左手に触れてきた。

 あくまでユナは俺の意思で手を繋いでほしいらしい。


 ……いちいちやってくることが可愛いんだよなあ。


 包むように握ると、ユナも握り返してくる。

 ユナの手は一回りは小さく、マシュマロのように柔らかで、力を込めれば容易たやすく折れてしまいそうなほどに華奢きゃしゃだ。

 人肌のぬくもりを手のひら全体で感じつつ、ユナと顔を見合わせた。


「あったかい」

「そうだな」

「恥ずかしい?」

「まあ、ちょっとだけ」

「ドキドキする?」

「それはしないな」

「……なんか不公平」


 応答の末に、どうしてかユナは頬をむくれさせて俺を見上げた。


 何が不公平なのかわからないけど、ユナと手を繋ぐくらいならドキドキはしない。

 それはやっぱりユナが幼馴染で、家族のような存在だと認識しているからだろう。


「でも、いい。機会はいくらでもある」

不穏ふおんなこと言わないでくれ」

「覚悟して?」

「いつの間にかユナがヤンデレに……」

「ヤンデレじゃない。ユナの気持ちを理解しないエイジが悪い」

「背中に気を付けたほうがいい?」

「そんなことしない。ちょっと夜這いするくらい」

「……俺、今日からリビングで寝るわ」

「ダメ。さみしい」


 軽口の応酬。

 最後にはユナが身体を近づけてきて、腕と腕が触れ合った。


 ユナがそんなことをしないのはわかってるけど、女の子が夜這いって普通逆なんじゃないか?

 俺にする気はないけどさ。


 雑談をしつつ、手を繋いだままマンションに帰ってきた。

 鍵を開けて中に入り、買ってきたものを冷蔵庫に入れていく。


 時間は三時を過ぎたくらい。

 まだ夕食の準備をするには時間がある。


 部屋は形になったし、これからやることは特にない。

 一段落したことで知らずのうちに溜まっていた疲労が顔を出して、じわりと眠気が湧いたのを感じた。


 ユナも同じようで、リビングのソファーに座りながらうつらうつらとしている。


「……眠い」

「昼寝でもするか? いやでも今から寝ると夜寝られないか」

「どうせ夏休みだし大丈夫。二人いれば夜更かししても暇じゃないし」


 それはその通りだ。

 まだ転校先の学校が始まるまで時間はある。


 三日前くらいに生活を直しておけばいいだろう。


「……そうするか」

「……ん。なら着替える。寝にくいし」


 ふわわ、と欠伸をして眠そうな足取りのユナが部屋にいって、クローゼットから着替えを取り出す。

 ……ん? それ、俺の服じゃない?


 浮かんだ言葉はしかし、喉を通る前に呑み込まれた。


 ユナはあろうことか、俺の目の前で服を着替え始めたのだ。

 腕を腹の前で交差させてすそつかみ、水色のパーカーをまくるように一気に脱ぎ捨てる。


 そうしてあらわになる白い背中と、ホックで留められた水色のブラジャー。

 普通なら見ることのない姿を目撃して、ユナも女の子なのだと意識してしまう。


 慌てて見たらダメだと自制心を効かせて目を背けるも、


「エイジー」

「どうした?」

「服着せて」


 気づけば真後ろにいたユナが、新しく引っ張り出してきた俺のTシャツを持ちながらそう言った。

 当然、成長途中の幼さと女の子特有の華奢きゃしゃな柔らかさが入り混じる肢体したいを正面から視界に入れてしまい、思わずうめきそうになるのを寸前で耐える。


 非常に目に毒だ。

 てか「服着せて」ってどういうことだよ自分で着てくれ頼むから……。


 ただまあ、そのままにしておけないのもその通りで。

 というか着せないと俺の理性がピンチなので選択肢がない。


「……わかったから服寄こせ」

「ん」

「てか、なんでまた俺の服なんだよ……」

「落ち着く、から?」

「人の服で落ち着くものかねぇ……」


 釈然しゃくぜんとしないままユナから自分のTシャツを受け取って、可能な限りユナの身体を見ないようにしつつ着せる。

 首を通し、腕を通せばユナの身体に対して大きなTシャツが、着たままのショートパンツをもほとんど隠してしまう。


 ニーソックスはもう脱いでいて、Tシャツのすそからは白い脚が伸びている。

 どことなく『いてない』感のあるそれは狙っているのか、無意識なのか。


 ちゃんといていると知っていても、こう……男心としては緊張してしまう服装なのは確かだった。


「エイジも着替える?」

「ああ。先に寝てていいぞ」

「……横になって待ってる」

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