航空障害灯の明滅
Yukari Kousaka
全体としては「大阪を生きる女の子の一日」をイメージした連作になった。こう意図して詠んだ、という解説に過ぎないので、違う読みをしてくださっていたらこっそり教えてほしい。
・赤に染め直して、ええやん、と呟く爪の先からこぼれる朝日
朝一番、爪を新しい色にぬり直す情景。「赤に」「朝日」を重ねて「染め直して」「朝日」で新しさを重ねた。ネイルをぬったあとはいつも何故か光に透かす。その朝日がこぼれるところから着想して七音がときどき八音にこぼれたら面白いだろうと考えて「直して、ええやん、」を八音にした。
・ものもらいのことめばちこに言いかえ独立国家大阪とした
末尾を「独立国家大阪とする」「独立国家大阪とした」「独立国家大阪はここ」で悩んだ一首。最終的にもう決まってしまってゆるぎない印象を与えたくて過去形にした。大学で東京から来た子が「ものもらい」と言うのを一々「めばちこ、な」と訂正している大阪出身の子がいて面白かったところを描いた。
・外つ国でオオサカは格変化していつか本当のこと忘れて
セルビア語の講義でオオサカは「オオサケ」「オオサキ」などに格変化するということを習った。セルビア語の文法としては正しいのは分かっているのだけれど、大阪は大阪でしかないわたしにとっては何だか不思議で、いつか本当ことと本当のことがぶつかり合って忘れていくのかもしれないと思った。独立国家と外つ国を重ねた。
・北風あまい太陽の塔たかい手のひら二枚太陽の塔
「あまい」「たかい」「二枚」で韻を踏んだ。恋人と万博記念公園に行くことが嬉しくて北風をあまいと感じるのに、嬉しいから太陽の塔はたかいとしか言えない語彙力。それもこれも二枚の手のひらのせい。最後もやっぱり何も言えなくて、ただ太陽の塔、と繰り返した。ただでさえイメージの強い太陽の塔のリフレイン。
・きみがたこ焼きを転がすのが上手く引っ越そうかと考えていた
たこ焼きを転がして焼くのが上手い人は案外少ない。万博記念公園に行った恋人がたこ焼きを転がすのが上手く、ああこの人となら一緒に暮らしていけるな、いつ引っ越して同居しようかな、と考えているほんの少しの空白の時間をイメージした。最初は「しあわせのこと考えていた」だったが、具体的な言葉のほうがいいと考えた。
・梅田には梅田らしさがないことが逃避行券一枚になる
どこの都市も同じ姿をしていて梅田でも京都でも神戸でも、駅前に集まる店は同じものが多い。それが退屈なときももちろんあるけれど、何だか嬉しいときがある。現実を見なくてもいい、どこに行っても同じだからここにいてもいいと思えることがある。逃避行券という存在しないものを詠み込むのは楽しかった。
・突きぬけられたらよかった。観覧車乗りこんだまま月にふれたら
梅田HEP5の観覧車はビルの中に乗り場があってそのまま外に突き出ていく。それが空に飛びだしていくみたいで面白いと思ったことがあった。この観覧車のように突きぬけられたら何かが変わったかもしれない。最近ほんとうに綺麗な白い満月だったのであの観覧車に乗って満月が見たいと思った。ふれられるくらい突きぬけたい。
・かっぱ横丁を吹きぬく風をたべ実はかっぱを見たことがない
梅田駅前にはかっぱ横丁という飲食店街がある。かっぱ横丁を吹きぬく風はいつもいろいろな飲食店のにおいが交ざっているから軽く吸い込んでしまう。その後でかっぱ横丁ってなんでかっぱ横丁なんだろうな、かっぱって見たことがないな、とふと思う瞬間について描いた。「実は」と「見たことがない」の齟齬がお気に入り。
・強くなりたかったし走りたかったレオパード柄と鈍器ブーツ
大阪といえば豹柄(レオパード柄)。ジョークというか笑い話として語られることが多いけれど、レオパード柄を着こなして鈍器のようなヒールの真っ黒なブーツを履いて、強くなれるものならなりたかった。梅田を走れるものなら走りたかった。できないかもしれくてもやってみたいことを夢想する女の子はいつでも強い。
・「知らんけど」言い添えるごと繰りかえす航空障害灯の明滅
夜の歌だから朝から夜にかけて繋げてこれを最後に持ってこよう、タイトルはこれ、と決めて、この短歌を軸に連作は始まった。「知らんけど」と言うことと航空障害灯の明滅には何の関係もないはずなのに、夜の静かなひと時に添えられる「知らんけど」という言葉と航空障害灯の赤い煌めきは少しだけ似ていた。
以上10首でした。
航空障害灯の明滅 Yukari Kousaka @YKousaka
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