第36話 え、先生?

 「砂場といえばやっぱり山作ったりとかかな?」


 俺が咲くらいの時はとにかく大きな山を作ってトンネルを掘って、そこに水を流して川を作るなんてことをしてたっけ。その川に葉っぱなんかを流して船で冒険だ~とか言って騒いでたような。

 あ、それか泥だんごだな。うん。あれはよく夢中になったなー。男なら誰でも本気になったことあるんじゃないか?俺なんか極めようとして道具箱から持ってきた糊を泥に混ぜて乾燥させた後にだんごが割れないように工夫していた。それに最後の仕上げにみんなも使用したであろうサラサラの砂は、保育園にあるおもちゃのふるいを使って二日かけて作った。

 そんな俺の最高傑作の泥だんごを女の子に壊された時はどれだけ悲しかったことか。体内の水分がなくなるんじゃないかってくらい泣き喚いたもんな。いや、その時はもう年長組だったっけな。まぁそれでもあんなに幼かったのに未だに覚えているくら――


「おにーたん!はやくおやまたんつくるの!」


「あ、ごめんごめん」


 園庭の砂場で遊ぶなんて先生になる以外ではないことなのでつい幼き頃を思い出して懐かしんでしまった。おかげで咲に怒られてしまったが。


 俺は再び懐かしいなと思いながら子ども達と一緒に山を作っていく。作ると言ってもただ砂を積み上げていくだけなんだが、子どもの時は何故かこれが楽しいんだよな。しかしまだ3歳ちょっとなので積み上げた砂を手で叩いて固めてしまうことの方が多く、山が潰れてしまうため俺がフォローして山にしていく。そうしてある程度の大きさになったところで突然三人は手を止めて園庭に生えている木の根元へと走っていった。

 園庭とはいえ怪我をすることもあるし、何より他の家の子も預かっているので俺は目の届くところではあるがちゃんと子ども達について行く。そして俺は咲に疑問をぶつけた。


「ここに何かあるのか?」


 夢中で何かを探していた咲は答えてくれなかったが、大輝くんが代わりに答えてくれた。


「はっぱ」


「……そうだね。葉っぱがあったね」


 確かに木の根元には葉っぱがあるが、そういうことじゃないんだよね……

 そして少しして満足したのか両手に葉っぱや木の枝を持って再び砂場へと移動した。三人はあーでもない、こーでもないと考えながら山に枝や葉っぱを突き刺していく。何をしているのか全く分からないが、あかりちゃんから完成のお知らせが届いた。


「ふぅ…… でちた……!」


「あかりちゃん、これは何かな?」


「おやまー!」


 三人は達成感に溢れ、手を繋いで喜んでいた。しかし俺は未だによく分かっていなかった。子どもの考えることって難しいなと思っていると咲とあかりちゃんは二人でカップを使って型抜きを始めた。大輝くんはというと一人完成した山を見てニコニコしていた。俺は仲良くなるいい機会だと思い、大輝くんの横に座った。


「大輝くんは何してるのかな?」


「これかぞえてるの」


 そう言って大輝くんは砂の山に刺さっている木の枝や葉を指折り数え、それが終わると満足そうに頷いた。


「何個あったのかな?」


「うーんとね、ぼくのはきゅーこあった」


 目の前の砂山には20以上の木の枝や葉っぱが刺さっているが、どうやら大輝くんは自分の集めてきたそれらがちゃんと山にあるのかを確認していたようだ。


「そうか。数えられるなんてすごいね」


「うん」


 ふふっと嬉しそうな大輝くんは少し距離を詰めて俺のそばに座り直した。


「大輝くんはどうしてお山さんに木の枝とか葉っぱをつけたのかな?」


「だっておやまだもん」


「穴掘ったりはしないの?」


「ぼくおやまさんにあなみたことないもん。とーるしってるー?おやまさんにはねー、いっぱいきとかはっぱがあるんだよー」


 大輝くんは手をいっぱい動かしながら話をしてくれた。この説明でやっと俺は理解することができた。三人はただ単に本物の山を再現しようとしただけだったのだ。木の枝は山に生えている木、葉っぱは山に落ちている葉っぱに見立てていたのだ。

 

 なるほどな。俺が子どもの時なんかそんなこと考えなかった気がする。ただ楽しいから穴を掘って水を流していたような。やっぱり子どもの発想というのは人それぞれで、面白いものだと思った。


「そうだね。大輝くんはいっぱい知ってるんだね。すごいな」


「ぼくすごい?」


「うん。すごいよ」


 そう言うと大輝くんはえへへと嬉しそうにニコニコしながら俺の足にくっついてた。俺への人見知りがなくなったようでとても嬉しくなった。何より可愛い。今手が砂で汚れていなかったらすぐに頭を撫でていただろう。


 それから大輝くんも咲とあかりちゃんに混ざって砂遊びを続けていたが、遊んでいるのに気づいた、親同士の話を待っていた他の子ども達が次第に集まってきた。気づけばこの縦六メートル、横三メートルの砂場には11人の子どもがいた。子ども三人にしては広かった砂場が今では少し狭く感じる。


「せんせー!みてみてー!」


「せんせーもいっしょにやるのー」


 そして砂場のあちこちで先生を呼ぶ声が聞こえるのだが、子ども達の視線は何故か俺に向いていた。


 ん?先生って俺のこと?


 そう、俺はいつの間にか先生になっていたのだった。

 

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