第35話 世間話

「それでね、今日は恵さんと徹君とお茶会をしたんですよ!」


「お茶会ですか!いいですね〜」


「やっぱり若い子は違うものね〜!こっちまで若返ったような気分になっちゃって楽しかったわぁ」


「全く恵さんったら~!と言いつつ私も楽しんじゃったんですけどね」


 フフフと笑っていますがママさん、お茶会だと知らない人が聞いたらどんな意味に捉えられることでしょうか。


「あの、いらぬ確認ですけど本当にお茶会の話ですよね?」


「え?そうよ?……え⁈先生嫌ね~」


「人妻の身で徹君に何かするわけないでしょ~」


「「ねぇ~」」


 二人は私をからかうようにクスクスと笑った。ママさん達からすればただの軽い冗談かもしれないが、21歳の私には少し刺激の強いのです。それに私の先輩である隣のリス組の先生がついこの間二つの不倫の報告をママさんから受け、その後とんでもない揉め事になったのを聞きました。

 冗談だと分かっていてもこういうことには敏感に反応してしまうのです。


「絶対だめですからね?特に徹君に手を出すようなことは——」


「「しませんよ!!!」」


 口を揃えて否定されたことにびっくりしつつも少し慌てた二人がおかしくて笑ってしまった。二人も私につられるように笑った。


「最近リス組さんは大変だったみたいだから、高山先生が気にするのも分かるわ」


「やっぱり知ってますよね。広まらないように努めたんですが」


「あら!ママさんを舐めたらだめよ~。こういった話は特に好きなんだから!ものすごく話題になってたわよ」

 

「そうですよね。先輩には悪いですが、パンダ組で起こらなくてよかったと思ってしまいましたよ」


「高山先生って確かまだ21歳よね?なら思って当然よー。私達だって嫌なんだから」


「本当よ。不倫なんて当人たちの問題なのに関係ない先生が巻き込まれるなんて可哀想よね」


 こうして保育園の話題について話した後、私はかねてから気になっていたことを聞いた。


「そういえば文香さんに聞きたいことがあったんです!」


「何でも聞いてちょうだい!」


「にんじんのやつとは何でしょうか?」


「……はい?」


「すみません、言葉足らずでした。あかりちゃんに好きな食べ物を聞いたらですね、にんじんのやつと答えたんですがそれが一体何なのか分からなくて気になっていたんです」


「にんじんのやつねー……」


 文香さんはうーんと考えるが思いつくものがなかったのかさっぱりといった表情をした。


「確かキラキラしていて、ほそくて美味しいやつだとも言っていたんですが」


 あかりちゃんが教えてくれたわずかな情報を伝えるとどうやら分かったらしく、あっと声を出した。


「多分きんぴらね」


 文香さんは小さく笑って答えた。


「あーきんぴらですか!」


「雄二さんもあかりもゴボウが苦手でね。だからうちではきんぴらを作るときはにんじんのみなの。おそらくみりんで出した照りのことをキラキラって言ってるのかも」


「なるほど!いつもお話聞いていても何か分からなくて。すっきりしました!」


 満足そうに頷く私に文香さんは笑って言う。


「そんなに気になることですか?」


「毎日のようにあかりちゃんは咲ちゃんとそれぞれの好きなものについてお話をしてるんです!なのでずっとモヤモヤしてたんですよ」


「そ、そうだったのね」


 私の勢いに少し圧倒されてしまったようで文香さんは苦笑いだった。するとここで恵さんがにっこり微笑んである方向を指差して言った。


「ねぇ文香さんも先生も見て」


 言われた通り、恵さんの指差す方を見てみると——


「本当にいい子よね。大ちゃんもあんな風に優しい子に育ってほしいわ」


 そこにはもう一人の先生がいたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る