第27話 朝から元気なお姫様
シャワーを浴びた後、着替えを済ませた俺はキッチンに向かい朝食の準備をする。
今日からは普段のように急ぐ必要はない。せっかくなので咲を喜ばせるためにいつもの朝食に一手間加える。
いつものように食パンの耳を切り落とし四当分に切る。次にアルミホイルを四当分にしたパンの大きさに合わせて切り、油性ペンでそのアルミホイルにイラストを描く。そしてはさみで切り抜いたら型の完成だ。
後はパンの上に型を乗せてトースターで焼くだけなのだが、ここでこちらにやってくるお姫様の足音が聞こえてきた。バタバタと大きな足音を聞いて俺はやってしまったと額に手を当てた。
目の前にやってきたお姫様は腰に手を当て明らかに怒ってますよとアピールするようにしかめっ面をしている。ものすごくプンプンしている。これがまた可愛いんだよな。
「おにーたんっ!!なんでおきてるの!だめなのー!さきがおこすのーーー!」
「ごめんな。お兄ちゃんどうしたらいいかな?」
「ねる!もっかいねるのー!」
そう言うと俺の背後に回り寝室へ行かせようと足を押してきたので、大人しく寝室まで行き布団に横になり、寝たふりをする。
「ねたー?」
10秒も立たないうちに声がかかる。流石にこんなに早くは寝れるはずはないが、この場を乗り切るためにその声に反応せず寝たことにする。
「もーねた? ……にひひ、ねちゃった!」
嬉しそうな咲に俺はすぐにいつものモーニングコールによって起こされる。
「おにーたーん!あさだよー!おきてー!」
体を揺さぶられて俺はようやく寝たふりから解放された。
「おはよう咲。起こしてくれてありがとうな」
「えへへ〜」
咲は満面の笑みを浮かべている。機嫌が直ってよかった。
こうして一仕事終えたところで朝食の準備に戻るため咲を連れてリビングに向かった。
先ほど準備したパンをトースターで焼き始めたところで、いつものように目玉焼きとウインナーをフライパンで焼き、それをサラダと一緒にお皿に盛り付ける。
そしてチンッとパンが焼けたことを知らせる音が聞こえ、パンを別のお皿に乗せる。
リビングで待つ咲の元へ二つのお皿と食器を持っていく。
「おまたせ。朝ご飯だよ」
咲は目の前に置かれた朝食に目を輝かせている。
「うわぁ~!すごぉーい!!」
予想していたよりも喜んでくれたようでよかった。
「おにーたん!ニコニコだよ!あとね、のるくんとー、ねこたんとー、のるくんのあしだよ!うわぁ~」
トーストアートで俺が作ったのはニコちゃんマークと犬の足跡、それと犬と猫のシルエットの四つだ。咲にはその犬が大好きなテレビ番組のノル君に見えたのかもしれない。
「咲、今日はジャム塗ってないんだけど塗るか?」
「ぬるー!」
俺は冷蔵庫からバターとイチゴジャムを取り出し、バターナイフも一緒に持ってくる。今日バターとジャムを塗らなかったのはこのアートを見せたかったからだ。
「あー!さきがやる!さきがやるのー!」
やると言ったら聞かないのでやらせる。俺は塗りすぎないように見守る。しかしそんな心配はいらなかった。咲は真剣に慎重に一つ一つ塗っていった。
「できた……!」
俺はバターとジャムを塗り終わったパンを見てクスッと笑ってしまった。
「どうしてここは塗らないんだ?」
「だってかわいそーだもん」
そう答えると咲はパンを次々と平らげていった。咲は犬の足跡だけ全面に塗り、他のパンはアートの部分以外にだけ塗っていた。おそらくニコちゃんマークは人の顔、犬と猫は動物でそれにバターやジャムを塗るのは可愛そうだと思ったのだ。
そんな咲のちょっとした優しさを微笑ましく思ったが、そう言った直後にどんどんパンを口に入れモグモグしていた。食べるのには抵抗はないのかとおかしくて笑ってしまった。
この後何事もなく順調に朝の支度を済ませることができたので、少し早いが家を出て保育園へ向かった。
途中あかりちゃん親子にばったり会い、一緒に向かうことになった。
「今日から夏休みなんだっけか?」
「はい、そうなんですよ。いつもより余裕があったので」
「それで少し早かったわけか!」
あかりちゃんのお父さん――
「それにしても本当にこの子たちは仲がいいな!」
目の前には仲良く手を繋いで歩く二人の姿がある。
「そうですね。あかりちゃんには咲と仲良くしていただいて感謝しています」
「それはこっちも同じだよ!俺が家に帰る頃にあかりは寝ちゃってるんだけど、そのかわり朝に咲ちゃんの話をよくしてくれるんだ」
「そうなんですね。俺は家に帰ってきてからあかりちゃんとどんな遊びをしたのかをよく聞きますよ。保育園で楽しくやれてるのはあかりちゃんの存在が大きいんだと思います」
「いやいや!ってこれじゃキリないな!そういや前に会った時もこんな話したっけ」
朝だというのに雄二さんはワッハッハと大きな声で笑った。前に会ったのは4ヶ月前くらい、ちょうど保育園に正式に入園することになった時だ。
雄二さんの言う通り、その時もさっきのようにお互いに感謝し合っていた。それに俺はあかりちゃんだけでなく、あかりちゃんの両親にも感謝している。この二人は俺が両親を亡くした時から色々とお世話になっているのだ。
話しているうちにあっという間に保育園に着いてしまった。咲とあかりちゃんは二人手を繋いだままパンダ組の部屋へと駆けていった。
先生に挨拶を済ませた後、雄二さんからあるお知らせがあった。
「そういえば明日文香がママ友とお茶会するって言ってたな。もしかしたら文香から連絡が来ると思うから時間あったら付き合ってやってくれ!」
そう言い残して雄二さんは走っていってしまった。
本来高校生にはママ友とのお茶会なんて無縁なものだが、親代わりの俺には無縁とは言い切れない。
果たして話についていけるのだろうかと俺は少し心配になるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます