第11話 咲はお話が好き
私はお兄さんと挨拶を終え、自分の担当しているパンダ組の部屋へと戻ると咲ちゃんはパンダ組の部屋の窓に張り付いていた。
「せんせー、おにーたんいっちゃったねー」
「そうだねー、行っちゃったね」
しょぼんとしている咲ちゃんの頭を撫でる。
咲ちゃんはお兄さんと別れた後いつもこうして部屋の中からお見送りしている。
私は咲ちゃんの口を拭いて綺麗にする。掃除をしていたとしても窓には汚れが付いているので、こうして毎回拭いている。
お見送りを終えた咲ちゃんはすぐに誰かを探し始めた。そしてその人はすぐに見つかる。
「あかりたーん!おはよー!」
「さきたんおはよー!」
探していたのは咲ちゃんの一番のお友達である斉藤あかりちゃんである。
二人は一年前、特別クラスにいる時にお友達になった。それから保育園にいるほとんどの時間を二人で過ごしている。
「さきたん、きょーはなにするー?」
「んー、んーとね、おはなち!」
「いーよー!」
そんな二人の様子を見て私はまたお話するのねと苦笑いしてしまう。
私がおままごとやお人形さん遊びを勧めても5分も経たないうちに飽きてしまい、二人でお話を始めてしまう。
まるで近所のおばさんのようで、私が止めなかったらいつまでも話を続けそうなくらいだ。
「今日は何のお話をするのかな?」
何を話すのかはもう分かっているが、こうして毎日聞いている。
「おにーたん!きょーはね、おにーたんのおはなちするの!」
今日は、じゃなくて今日もだよ!
咲ちゃんは毎日のようにあかりちゃんにお兄さんである徹くんの話をしている。
一方あかりちゃんの方はお母さんの話をしている。二人はそれぞれ大好きな人の好きなところをお互いに語っているのだ。
現在8時10分。
9時までに登園ということになっていて他の子が来るのは大体8時40分からで、それまではこの二人だけしかいないことが多い。ちなみに今日は二人だけである。
私は他の子が来るまで二人のお話に参加する。
二人は座ってお話をしているが、その距離は互いの鼻と鼻がくっつきそうなくらい近い。
「おにーたんはね、かっこいいんだよー!」
「どーちてー?」
あかりちゃんはこてんと首を傾げて聞く。
「んーとね、つよくてー、にこにこちてるの!」
咲ちゃんはただえさえ距離が近いのに前のめりになってハキハキと答える。
「かっこいいねー!」
あかりちゃんは納得したように頷いてから答えた。
この会話を聞いたのは一体何回目だろうか。それに三歳の子の会話だからしょうがないけど、これで通じ合えるのはなぜなのか。二人の会話を理解するのは難しいので私は二人の話している時の仕草を見て満たされている。
本当にいつ見ても可愛い。
仕事なんだからしょうがないと言われればそれまでだが、保育園の先生の仕事は思っていた以上に大変で、多くの子どもの命を預かり、面倒を見なくてはいけないというのは心身ともにきつい。
責任という重さに押しつぶされそうになるが、この子ども達の可愛い姿や成長を見るのが楽しみで頑張れる。
「あかりのままはねー、ごはんがとってもおいちいの!」
「あかりたんのままは、なにごはんがすきー?」
「はんばーぐとー、とまとのやつとー、にんじんのやつー!」
「おにーたんのはんばーぐたんもおいちいよー!」
「そーなんだー!」
これも何回も聞いているが、分からないのはにんじんのやつ。
とまとのやつはきっとトマトソース煮込みのようなものだと思うがにんじんの料理って何か分からない。
「あかりちゃんに教えてほしいことがあるの!いいかなー?」
「いーよー!」
「にんじんのやつって何かな?」
「えーとね、きらきらしててー、ほそくてねー、おいちいの!」
「そうなんだー!ありがとう」
やっぱり分かりません。あかりちゃんを毎朝送っているのはお父さんで、お母さんとは会う機会があまりないので謎に包まれたままです。
そしてその後もパンダ組のみんなが揃うまでお話は続いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます