第10話 愛華は出会う
生徒会の資料を英才科にいる会長に渡し終えた私は、自分の教室のある中央の校舎へ向かっていた。
「はぁ~。ほんといつ行ってもあの教室の雰囲気には慣れないなー」
会長のいる英才科三年の教室は緊迫した空気が張り詰めていた。今年受験生なのは分かるけど夏だというのに受験直前かのような空気だった。
調理科の私にはとても長居できるような場所ではない。さっさと資料を渡して帰ってきたのだ。
そして今靴箱に行こうとしたら、水道の縁に手をついて下を向いている人がいるのに気づいた。
髪の毛だけを見ると男子なのか女子なのかの判断は難しいけど、体格を見る限り身長は高く、がたいもいいので男子だと思う。
しかしそれにしても様子がおかしい。
私が気づいた時から一回も顔を上げることなく、ずっと下を向いている。
もしかして動けないほど体調が悪いのかな……
男子とはいえ病人を放っておくなんて私にはできない。
私は勇気を出して声をかける。
「あのー、もしかして体調悪いですか?」
「いや、そういう訳じゃないけど」
振り返ると汗で服がビショビショに濡れていた。絶対嘘ついてる。
「それならどうしたんですか?そんなに汗かくなんて相当熱があるんじゃないですか?」
私が詰め寄ると彼は手で制して、体育で汗をかいたけどタオルを持ってきてないと言った。
「あ、そうだったんですね!早とちりしてしまいました」
完全に私の勘違いだった。笑顔でごまかしているがすぐにでもこの場から逃げたい。ものすごく恥ずかしい。
でも彼にとって有力な情報を思い出したのでそれを伝える。
「タオルなら保健室で借りれますよ」
そう言うと彼はお礼を言って歩き出したので、私は真似をして手で制した。
「私が借りてきますよ! 運動靴のラインの色が赤ってことは一年生だよね?靴箱遠いから時間かかるでしょ?私の靴箱すぐそこだから」
これはチャンスだ。この場から一旦離れるのにちょうどいい言い訳を思いついたので早口で言って走って保健室へ向かった。
保健室に着いた私は、中に入って先生にタオルを借りる。
「先生ー!タオル貸してください」
「どうしたの?」
「ものすごく汗かいて服がビショビショの人がいるから貸したくて!一年生だからタオル借りれること知らなかったみたいで」
「そうなのね、わかったわ!じゃあその名簿に名前書いてちょうだい。タオルを返す時に名前に線を引いて消してもらうから」
「分かりました」
とは言ったものの彼の名前知らない…… しょうがない、私の名前を書くしかないか。
白崎愛華と記入して先生からタオルを借りて再び彼のところに戻る。
保健室に行った間に先程までの恥ずかしさはかなり薄れたので普通に接することができるだろう。
「おまたせ!はいどうぞ!」
タオルを差し出すが保健室に必ず返すことを言わないとと思ったら差し出したタオルを引っ込めてしまった。
なんかいじわるしたみたいになっちゃったよ。
「返すのはいつでも大丈夫だけど、借りたままにしておくとものすごく怒られるから必ず保健室に返すこと、いい?じゃないと怒られるのは私なんだからね!」
彼は分かりましたと返事をしたので、タオルを渡した。すると先程までとは違い、改まった態度でお礼と謝罪をしてきた。
私は何故急に態度を変えたのか、びっくりして突っ込んでしまった。
彼の私に対する態度は他の男子とは違って特別扱いすることもなく、気軽でとても楽だった。だから先程までと同じように接してほしかった。不思議と男子からするあの嫌な感じはしなかった。
しかし名前を知らないから他人じゃないかと言ってきたので、少しムッとなって勝手に自己紹介して、私から名前を聞いてやった。
彼は東野徹。よし、名前覚えた。
これで他人ではなくなったはず、私が徹くんに他人じゃないよね?と聞くとこれまた他人のように答えてきたけど一応他人ではないとの答えを出したのでこれで知り合いだ。
そんな感じで話をしていたらもう次の授業の時間間近になってしまった。
しかし徹くんは授業をサボるらしいので、私もサボることにした。もう少しだけ話をしていたい、徹くんと話している時間は気楽で心地よかった。
しかし次の授業は美術らしいが普通科の美術はこの学校でも怖い先生上位にランクインしているほどなのにサボってもいいのか不安になったので聞いてみると、まさかの英才科だった。
見た目で普通科だと思い込んでしまっていた自分を恥じました。はい。
私は普段真面目に授業を受けているので一度くらいサボってもいいかなと思ったのだが、それに対して徹くんから突っ込みが入ったのでムキになって言い返したら、もうそこに座ってなよと言われてしまった。
私が先輩だってこと忘れてないよね?心で思ったことがつい言葉にして出てしまったが、すぐに徹くんは私がそれでいいと言ったと返したのでムスッとしてしまった。
そして水道の水で汗を流し始めたのを見て、話しすぎちゃったなと反省した。その間徹くんの顔は見えてなかったが発した声から気持ちいいのが伝わってきた。
よく見ると手首にヘアゴムが掛かっていた。
「せっかく手首にヘアゴム掛かってるんだから使ったら?」
「ヘアゴム使う時は家にいる時か何かあった時くらいだからな」
そう答える徹くんは髪の毛をタオルで拭き、髪をかきあげ後ろで束ねた後ヘアゴムで髪を縛った。
今は家にいる時でもないし何かあったわけでもないのにどうして髪を縛ったのだろう、どうしてか聞こうと思った時徹くんが振り返った。
私は徹くんの顔を見て、あまりのかっこよさに驚いてしまった。
パッチリと開かれた目には大きな茶色の綺麗な瞳、高く締まった鼻に女子に引けを取らないスベスベの肌。彫りの深いはっきりした顔立ちはとても男らしく、しかしどこか優しい雰囲気がある。
こんな顔が髪の毛の下に隠れているとは誰も思わない。
しかしなんだろう、なんでこんなにドキドキしているんだろう。
徹くんと目が合ってるだけで徐々に顔が熱くなっていくのが分かる。
あれ、これって……
「……え?あ、え?今なんて言った?」
徹くんが何か言ったがぼーっとしすぎて聞き逃してしまった。
「だから、ほら、変な顔してますよ」
え? 変な顔って何! どういうことよ!
「ちょっと!変な顔って何よ!みんなから可愛いって言われてるんですけど!」
あ…… 言っちゃった。私は可愛いって言われるの鬱陶しいと思って嫌だったのに自分からそれを出しちゃった。
「確かに可愛いな」
徹くんは私の顔をまじまじと見て、まるで審査するかのようだった。なのにやっぱり嫌な感じがしない。
「ちょ、ちょっとそんなに見られたら、は、恥ずかしいじゃん…… なんでこんなにかっこいいの…… 顔隠す必要ないじゃん、あ、でもみんなに知れたら…… いや、でも……」
私はボソボソと独り言を呟いていたが、ふと先ほど言った言葉が本心だと思われたら嫌なので慌てて訂正する。
「じょ、冗談で言ったのよ!それよりそんなに見られると恥ずかしいでしょ!」
「ああ、ごめん。でも本当に可愛いぞ?」
ちょっとなんでそんな真顔で褒めるの! 恥ずかしいよ!
「やめて!もうその話終わり!」
私は一旦熱くなった顔を冷ますように後ろを向くと、徹くんの足音が聞こえ、それが遠のいてるのがわかった。そしてその足音が聞こえなくなったので振り向くと徹くんが座っていたので、私もその隣に座るために歩いて行った。
私は座って徹くんを見るが横から見てもとてもかっこよくて見とれてしまった。
「……俺の顔に何か付いてるか?」
やばい、つい見すぎてしまった。
「あ、ごめんごめん!何も付いてないよ、大丈夫」
私がそう言うと、徹くんは少しニヤッとした。
「そんなに見られると恥ずかしいでしょ」
「それ私の! もうやめてよ!」
なんで私の真似するのよ!すごく恥ずかしいじゃん!
私はポカポカと肩を叩いた。男子に私から触れることなんてなかったのに。
その後疑問に思ったことを聞いてみた。
「ねぇ、なんで普段は今みたいに髪を縛ったりしないで下ろしたままなの?」
徹くんは少し考えてから答えてくれた。
「さぁ何でだろうな。あまり人と関わるのが好きじゃないんだ。こうしてたら自分から近づこうと思う奴はいないだろ?愛華さんを除いて」
また私をからかうように言ったので忘れずに突っ込み、髪を縛ったら高校生活楽しくなると思うと付け加えるが、やっぱり人と関わるのが嫌なようで普段から縛ることはなさそうだ。
「でも私とはこうして関わってるけどいいの?」
そう言われて私は気になったので勇気を出して聞いた。すると返ってきた言葉は悪いものではなかった。
「それは俺も予想外だったんだよ。助けてくれたことは感謝してるけど愛華さんの謎の圧力によってこうして知り合いになってしまった」
なってしまったとは言ってるが、こうして知り合いとなれたことは私にとってとても幸運なことであった。
「何それ⁉︎私は圧力なんかかけてないよ!かけてないでしょ?ねぇ!」
私は照れ隠しすると徹くんは棒読みで知り合いになれて嬉しいですよと言った。
「棒読みすぎて全然嬉しくないよ」
嘘。棒読みだったとしてもその言葉は嬉しい。
私は今日徹くんに出会いました。
そして徹くんに一目惚れしました。
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