第17話

 亜美さんは引っ越そうか真剣に考えたようだが、一月経っても二月経っても、由香が現れる気配がなかったので、結局引っ越すことはなかった。


 季節は春。

 理子は高校二年生になり、俺は特に何も変わらなかった。


 相変わらず俺と理子はデートを重ね、そして相変わらず俺たちはプラトニックな関係だった。それは、亜美さんとの約束だったし、俺としても性急に関係性を深める必要性は感じなかったからだ。でも、キスくらいはそろそろしてもいいんじゃないだろうか――。


 そんなことを考えているうちに、季節は夏へと移行していた。

 心の傷はすっかり癒えたようだったが(時間が解決してくれたのだと思う)、理子は母親の話を一切しようとはしなかった。俺もあえて由香の話をしようとはせず、ふとした瞬間に由香の名前を出さないように、細心の注意を払っていた。


 六月二六日。

 理子の誕生日がたまたま休日だったので、俺たちは事前に予約した高級なイタリアンレストランに行き、そこで誕生日プレゼントとして購入したネックレスを渡した。


「うわあ……綺麗」


 理子は惚れ惚れとした顔で呟いた。


「ありがとうございます、和真さん」

「うん、どういたしまして」

「来年は――」


 理子は広げた左手の甲を見つめながら、


「――指輪がいいな」


 本気とも冗談ともつかない口調でそんなことを言った。


「指輪はまだ早いでしょ」

「ふふっ。そうですね」


 おそらく冗談だったようで、くすくすと上品に笑った。

 食事を終えると、夜の街を二人で歩いた。あてもなくふらふらと歩いていたつもりだったが、気がつくと理子と出会った公園にたどり着いていた。


「あ、ここ……」

「うん、俺たちが出会った公園だね」


 俺は繋いだ理子の手を、先導するように引っ張った。


「寄っていこう」

「はい」


 公園の中に入っていく。

 思えば、あのとき理子が不良少年たちにナンパされてなかったら、俺が助けに入ることもなく、助けてなければ理子と会話することもなかっただろう。点と点が結びついて線になるように、いくつかの偶然的な要素が結びついて道になり、理子と付き合っている今この瞬間が存在する――。


 理子との運命的な出会いは、数多の偶然によって作られたのだ。

 ――なんてことを一瞬でも考えてしまった俺は、意外とロマンティストなのかもしれない。今年で三四になる大の大人が恥ずかしい。

 理子と知り合うきっかけになった、あの不良少年たちには感謝しなければならない。とはいえ、彼らと再会なんてしたくはないが。


 幸い、公園に人気はなかった。涼しい風が緩やかに吹いている。

 すべての始まりの地といえるベンチは、今もひっそりと佇んでいる。

 そう、仕事帰りにここに座ってビールを飲んでいたら、たまたま一人の女子高生が視界に入ったんだ。それが――理子だった。


「座ろうか」

「はい」


 ベンチに座ると、遠くに噴水が見えた。当然のことながらライトアップされてない、濁った汚い水が弱々しく噴き出している噴水だった。決して良いロケーションではないな。


「ねえ、理子。いつ頃結婚したい?」


 俺は前々から気になっていた質問をした。


「え? そうですね……」


 理子は噴水を見るともなく見つめながら考える。


「理想を言えば、今すぐにでも結婚したいですけど、それは無理でしょうから……」


 そこで、俺のことをじっと見つめて、かわいらしく小首を傾げる。


「ですから、高校卒業と同時に――というのは駄目ですか?」

「いや、駄目じゃないけど……そんなに早く結婚しちゃっていいの?」

「だって、大学卒業してから結婚となると、あと六年近くも待たなきゃじゃないですか」


 抗議するように、むっとした顔で理子は言った。


「確かに六年は長いなあ……うーむ……」


 結婚する頃には、四〇歳がすぐ目前に迫っている。

 だがしかし――今はお互いに愛しあっていても、二年後三年後はどうかわからない。俺が理子を嫌になるより、理子が俺みたいなおじさんを嫌になる可能性のほうがずっと高いと考えられる。


 結婚してすぐに離婚すれば、三〇代の俺はともかくとして、一〇代の理子は周りから奇異の目で見られるかもしれない。

 そう考えると、高校卒業と同時に結婚するのは、正直ためらわれる。


「ねえ、和真さん」


 理子が上目遣いに、俺の顔を覗き込んでくる。

 俺が何を考えているのか、理子は理解しているようだ。


「私、和真さんのこと大好きです。今も、そしてこれからもずっと」


 理子の白くてか細い手が、俺の髪を撫で、頬で止まる。


「一七歳、年の差があっても、そんなの関係ありません。私は生涯、和真さんだけを愛し続けます。だから――」


 理子の柔らかな唇が、俺の唇にそっと触れた。


「これは、その誓いのキスです」


 ほんの少しだけ顔を遠ざけると、理子は俺に問いかける。


「和真さんも生涯、私だけを愛し続けると誓ってくれますか?」

「ああ。もちろん、誓うとも」


 そして、俺は理子を抱きしめると、彼女にそっとキスをした。




終わり

――――――――――

 お読みいただき、ありがとうございました。

 短編ということで、もともとの予定では1万~2万文字ほどで完結させるつもりだったのですが、思いのほか長くなってしまい、3万文字をこえてしまいました。続けようと思えば、もっと続けられるとは思うのですが、話が冗長になるので、ここらで完結ということで……。

 たくさんの感想と評価もありがとうございました。まだの方は、評価などしていただけると嬉しいです。

 また、他にも短編・長編様々な作品を書いていますので、それらも読んでいただけると嬉しいです。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元カノの娘と付き合う 青水 @Aomizu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ