第15話
由香が帰ってきた……? どうして、今更? 一体、何が目的だ……?
大量の疑問符が頭を埋め尽くす。混乱しているのはもちろん俺だけではなく、理子もまた同様だった。彼女のほうが混乱度が高いようで、先ほどからずっとフリーズしている。脳がショートしてしまったのかもしれない。
考えても埒が明かないので、俺は理子を引っ張って電車に飛び乗った。
きっと、混乱しているのは亜美さんもだろう。今更、由香と会ったところで、俺の人生にはなんら変化はないだろう。しかし、理子は違うかもしれない。理子にとって由香は実の母親で、もしかしたら今後、彼女は叔母ではなく母親と暮らすことになるのかもしれない。選択するのは理子自身だ。
どれだけ頑張ろうと、電車の到着時刻は変わらない。『早く帰ってきて』と言われたものの、理子の自宅に着いたのは、一時間以上してからだった。
インターホンのボタンを押すと、すぐにドアが開いた。
「おかえり、理子。和真くんも」
「亜美さん、由香が帰ってきたっていうのは――」
「そう。詳しいことはまだ聞いてないから、早く二人とも中に入って」
亜美さんは両手で俺たちを引きずり込む。実の妹とはいえ、長い間顔を合わせてなかったから、一人だけで相手するのは気まずかったのかもしれない。
「早く早く!」
やたらと急かす。
廊下を三段跳びの選手みたいに駆け抜けていく亜美さんの後を、俺と理子もつられて早足でついていく。
ダイニングの椅子に、由香が俯き加減に座っていた。
裕福で幸福な生活を送ってなかっただろうことは、服装や表情などからよくわかる。彼女が由香であることは一目見ただけでわかったが、俺の記憶に残っている由香とはまるで違った。なんというか、不幸なオーラが全身からにじみ出ているのだ。
「お母さん……?」
理子の知っている由香の姿とも乖離していたようで、まるでよく似た人物に話しかけるかのようにおそるおそるといった様子で、なおかつ疑問形だった。
娘の声に、俯いていた由香が顔を上げる。
「理子、久しぶりね」
ぎこちない笑みを浮かべながら言った後、娘の隣に立っている男(朝倉和真)を見て、
「……えっ」
目を丸くさせて、絶句した。
その反応を見て、俺は確信した。俺が誰なのか、由香はわかっている。
「えっ、あっ……か、和真だよね……? どうして……?」
「……久しぶり」
「もしかして、私に会いに来てくれたの?」
「違う」
俺は首を振って否定した。
由香に会いに来た? そんなわけ、ないじゃないか。
「だったら――」
「いろいろあってね、理子と和真くんはお付き合いしてるのよ」
亜美さんが簡単に説明する。
俺と理子の関係性を知って、由香は軽いパニック状態に陥ったようで、
「は? え? 付き合ってる? 理子と和真が? どうして? ていうか、それ犯罪じゃないっ!」
「保護者の私が二人の交際を認めたんだから、別に犯罪ってわけじゃないでしょ」
「お姉ちゃん、どうして交際を認めたのよっ!?」
どん、とテーブルを叩いて声を荒げる由香を、亜美さんは一旦無視して、
「二人とも、突っ立ってないで座りなさい」
そして、自分は由香の隣に座る。
俺と理子は顔を見合わせて頷くと、向かいの席に並んで座った。瞬間、由香はもう一度同じ質問を姉にする。
「お姉ちゃん、どうして理子と和真の交際を認めたのよっ!? 和真は……その、私の元カレだし、それに一七も年の差があるのよ? おかしいでしょ!」
「私からしたら、娘を虐待して、挙句の果てに何も告げずに失踪するあんたのほうが、ずっとおかしいと思うけれどね」
ぐうの音も出ない正論に、由香は一瞬言葉を詰まらせる。
「あれは……違うのよ。弘樹が殺されて、私、精神的に不安定だったの。だから――」
「だからって、娘を虐待していい理由にはならないでしょ?」
「……」
「お母さん、私もう気にしてないから……」
理子が言葉をかけると、由香は嗚咽を漏らした。
「本当に……あのときは、ごめんなさい……」
後悔と反省をしているのなら、まだ救いようがある。これで開き直って逆切れでもしようものなら、さすがの俺もキレていたかもしれない。
「で、失踪してどこで何やってたのよ?」
亜美さんが問いかける――いや、問い詰める。
「それは……」
「言えないような犯罪まがいのことでもやってたの?」
「え、ち、違うよ! 彼氏と暮らしてたの」
「彼氏?」
当然のことながら、その『彼氏』とやらの存在は、亜美さんも俺も理子も知らない。弘樹はとっくの昔に亡くなっているのだから、由香に彼氏がいても別におかしくはないし、倫理的にまずいわけでもないのだが……。
「その彼氏は?」
「捕まった」
「……は? 捕まったって……逮捕されたって意味、よね?」
「うん、そう……」
「……罪状は?」
「詐欺、とか」
この言い方だと、他にもやらかしてるな。
彼氏が逮捕された、という話を聞いて、亜美さんはため息混じりに頭を抱えた。
「それでね、今日、こうしてお姉ちゃんのところにやってきたのは――」
由香は椅子から立ち上がると、フローリングの床に正座し頭を下げる。
「――お金、貸してください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます