第14話

 こうして、晴れて(?)俺と理子は恋人関係となったわけなのだが、しかしだからといって、日常が劇的に変わるわけではない。『お出かけ』の名称が『デート』に変わったが、内容自体に変わりはないし、もちろんスキンシップが増えた――なんてこともない。


 会社の同僚に「新しい彼女できた?」と問われても、素直に「できたよ」と答えることもできないし、理子も同様に友達に俺のことを伝えてないようだ。

 仕方がない。後数年すれば――理子が大人に、最低でも大学生になれば――、堂々と「付き合ってます」と言うことができる。それまでの辛抱だ。


 理子と付き合いだしてから、およそ一か月。今日も今日とてデートである。

 デートの主導権――という表現で合っているだろうか――は、理子が握っている。デート先はほとんど毎回、理子が指定する。


「今日はどこに行く?」

「前々からずっと行きたかった場所が一つあるんです。よかったら、そこに行きませんか?」

「その、行きたかった場所って?」

「昔、私が住んでいた家です」


 昔住んでいた家――それはつまり、理子が両親と暮らしていた家。由香と弘樹と理子の三人で……。それを見て、一体どうするのか……? いや、ただ単に見たいというだけなんだろう、きっと。


「一軒家? マンション? アパート?」

「一軒家です」

「住所は?」


 俺が尋ねると、理子はつっかえることなく、すらすらと滑らかに答えた。なるほど、そう遠くはないな。目的地へは電車で向かおう。


「一緒に行ってくれますか?」

「もちろん」


 俺と理子は手を繋いで電車に乗った。

 手を繋ぐようになったのは最近のことである。昔付き合っていた女性とは交際一か月でもっと進展したので、学生時代の初々しさを思い出す。理子といると自分も高校生であるかのような気分になれる。それはきっと、すばらしいことだと思う。


 おそらく、理子は一人で旧自宅に行くことがためらわれたので、俺に一緒に行くことを求めたのだ。物理的に行くことが難しい場所ではない。一人で行くには心理的なハードルが高かったのだろう。良い思い出ばかりというわけではないのだから。


 最寄り駅に着くと、スマートフォンの地図アプリを見ながら目的地まで歩く。


「懐かしい……。あ、あそこのたい焼き屋さん、昔よく行ってたんですよ」


 駅前商店街には、行きつけのお店がいくつかあったようだ。たい焼き屋でたい焼きを二つ買って食べながら歩く。


「あれ? あそこにあった定食屋さん、なくなっちゃったんですね……」


 時が経てば、商店街の様相だっていくらか変わる。街も人みたいに日々変化していくものなんだな、なんて漠然と思った。

 駅前商店街を抜けると、静かで落ち着いた住宅街が広がっている。

 二〇分近く歩いただろうか。目的地――相馬一家がかつて住んでいた家に到着した。

 だが――。


「マンション、ですね……」


 そこには、建てられてからまださほど経ってないだろう綺麗なマンションがそびえ立っていた。理子の旧自宅はどこにもなかった。


「そうですよね……さすがにもう残ってないですよね……」


 理子は心底がっかりしたように深くため息をついた。


「私の住んでいた家、ぼろかったですから」


 周囲を見回してみる。他のマンションや一軒家も、新築のものが多い。他の古い家も同じように取り壊されてしまったのだろう。住宅街も肉体のように新陳代謝していくのだ。


「すみません、ついてきてもらったのに……」

「いや、気にしないで」

「……駅に戻りましょう」


 駅への道中、理子はずっと黙っていたが、その間に気分をうまく転換させたようで、駅に着く頃にはいつもの彼女に戻っていた。

 せっかくここまで来たのだから、どこかで遊んでいこう――そういうことになり、結局夜の八時頃までのんびり遊んでいた。

 そろそろ帰ろうか、となったときに――理子のスマートフォンが震えた。


「亜美さんからです」

「そろそろ帰ってこい、みたいな感じ?」

「いえ…………え」


 理子はスマートフォンの画面を見て絶句していた。

 そのただ事ではない様子に、俺は横から画面をのぞき込む。そこには――。


『由香が帰ってきた! 理子、早く帰ってきて!』

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