第10話
そして、翌週の土曜日。
俺は理子とショッピングセンターへとやってきた。
休日ということもあって、狂いそうなほど人で賑わっている。異常なほど混雑している。カップルはもちろんのこと、家族連れや学生たちも多い。
本日のメインイベントは映画鑑賞である。事前に席の予約もしておいたので、映画館がいくら混んでいようと関係ない。
映画は一〇時からおよそ二時間。完全に偏見だが、女子高生は恋愛映画を好むものだと思っていたので、理子から「ホラー映画を見ませんか?」と言われたときは正直意外に思った。
「理子さん、ホラー好きなの?」
「いえ、普段はあまり見ないのですが……」
どうやら、友達に「この映画、面白いよ」とすすめられたようだ。なるほど、一人でホラー映画を見るのが怖いから俺を誘ったのか。だが、俺の他にも誘う相手はいるだろう。まさか、友達全員が既にそのホラー映画を見ている、なんてことはないだろうし。
「ふうん。ホラー、ねえ……」
「朝倉さん、ホラーは苦手ですか?」
「いや、苦手ってわけではないよ。ただ、普段はあんまり見ないな」
ホラーも恋愛もあまり見ない。俺が見るのは、もっぱらド派手なアクション映画ばかりだ。タイトルや予告映像を見た感じ、その映画はかなり怖そうではある。
九時五〇分まで、映画館の中に設置された椅子に座って、のんびり喋りながら待っていた。入場アナウンスが流れると、チケットを片手に入場した。
ポップコーンやジュースは買っていない。買おうか尋ねたら、「大丈夫です」と首を振られた。これから見るのはホラー映画なので、驚いた拍子に手に持ったポップコーンをぶちまけたりしたら大変だ。そう考えると、買わなくてよかっただろう。
シアターに入って何分かすると、映画の予告編や盗撮禁止の映像などが流れ、その後に本編が始まった。前方の巨大な画面以外に、光源と呼べるようなものはない。
暗い中、隣に座る理子を見てみると、彼女は微動だにせず、画面をじっと見つめていた。見習って、俺も映画を見ることに集中する。
物語の序盤はいささか退屈で盛り上がりに欠けた。ホラー映画らしい、見る者を戦慄・驚愕させるようなシーンはない。ただ、何かが起こるような不気味な雰囲気は漂っている。
やがて、異形の存在が突如として現れ、画面内外の人々を恐怖へと誘った。
「きゃっ」
理子は思わず叫んでしまい、すぐにそのことを恥じるかのように口に手を当てた。叫んでいるのは彼女だけではないので、とくに目立ちはしない。
俺も驚いてはいたが、声を出すほどではなかった。背もたれに深くもたれかかり、肘置きに手を置くというリラックスした状態だ。
物語のボルテージが上がるとともに、恐怖の煽りも激しくなってくる。
「きゃっ」
何度目のかわいらしい悲鳴だろう。理子の細い手が肘置きへ――その上に置かれた俺の手をぎゅっと掴む。油断していたこともあり、俺はひどく驚いた。何秒かして、理子は俺の手を掴んでいることに気づき、
「す、すみません……」
慌てて囁くと、すっと手を引いた。
それから、理子の挙動がちょっとおかしくなった。うまく説明できないのだが、集中力がぷつんと切れたのか、映画に集中しきれてないように見える。ちらちらと時折こっちを見てくる。理子が俺を意識しているのが伝わり、俺も理子を意識してしまう。
気がつくと、映画が終わっていた。
一応、トイレに行ったり眠ったりせずに、およそ二時間フルに見たはずなのだが、映画の内容をあまり覚えてない。いや、正確には覚えてはいるのだが、その輪郭がぼやけているというか……理子同様に集中しきれなかったのだろう。
「怖かったですね」
「そうだね。理子さん、何度も悲鳴上げてもんね」
「わ、忘れてくださいっ」
理子は恥ずかしそうにそう言うと、俺に顔を背けて立ち上がった。そして、シアターの階段を下り――
「きゃっ」
――転んだ。
見事な転び具合に俺は不安になったが、どうやら怪我はなさそうだ。
「……大丈夫?」
尋ねると、理子は無言で頷いた。
俺が手を差し伸べると、その手を握って理子は立ち上がった。そのまま一歩二歩と歩き、それから、先ほどのように慌てた様子で手を離すと、足早に階段を下りていった。
そんなに照れなくていいのに、と俺は思った。
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