第11話

 一〇時から二時間の映画を見たので、映画館を出たときには一二時――つまりは昼食時になっていた。俺と理子はショッピングセンター内にあるお洒落なイタリアンレストランで食事をとった。思えば、彼女と出会った日に行ったのもイタリアン(ファミリー)レストランだったな。


 理子と出会ってから、もう随分と月日が流れたような気がしたが、実際はまだ一週間ほどしか経っていない。会った日だけだと、たったの三日。俺の人生でトップクラスに濃密な三日間だと思う。


 昼食を終えると、ショッピングセンター内の様々な店を二人で巡った。これはもう、デートといっても過言ではない――と、そう俺は思う。

 俺は楽しかったが、理子も同様に楽しんでいるのだろうか? ふと疑問に思った。顔を見る限りでは、彼女は柔らかな笑みを浮かべていて、とても楽しそうに見える。それが、本心からくるものだと思いたい。


 気がつけば、青一色だった空が濃紺に染まっていた。夜空にはたくさんの星々が自己主張するように光っている。


「理子さん、夕食どうする?」


 夜空を見るともなく眺めている理子に、俺は尋ねた。

 歩き疲れたので、喫茶店のテラス席に座って休憩していた。四人掛けの席の空いている椅子二つには、服などが入った買い物袋が置いてある。そのほとんどが理子に買ってあげたものだ。普段、それほど金を使わないので、たまにはこうして思い切り散財するのも悪くない。


「そうですね……えっと……」


 理子はスマートフォンをいじっている。亜美さんとやり取りしているのだろう。


「亜美さんが夕食作っているみたいなので、家で食べようかなと思います」

「そっか。それじゃ、そろそろ帰ろうか」


 俺はぬるくなったコーヒーを一息に飲み干すと、紙コップをごみ箱に捨てた。

 荷物を持つと、駅に向かって歩き出す。二人で並んで歩いていて気づいたのだが、俺のほうが歩くスピードが速いらしい。理子にあわせて、意識してゆっくりと歩く。


「あの、朝倉さん……」

「ん、なに?」


 俺は横を向いた。理子の大きな瞳が、上目遣いにこちらを見つめている。


「私のこと、呼び捨てで構わないですよ。私のほうが一七個も年下なんですから」

「んー……、呼び捨てだと馴れ馴れしくない、かな?」


 内心では呼び捨てだけど。

 ゆるゆると理子は首を振って、


「馴れ馴れしくて大丈夫です」

「そっか。じゃ、これからは『理子』って呼ぶことにするよ」

「私も――」

「え?」


 周囲の雑音にかき消されて、よく聞こえなかった。理子の声は透き通っていて、か細いのだ。

 もう一度言ってくれ、と耳を近づける。


「私も朝倉さんのこと、『和真さん』と名前で呼んでいいですか?」

「いいよ」俺は即答した。「等価交換」


 何がおかしいのか、理子はくすりと笑った。


 駅の改札を抜けると、理子と別れた。別れ際に彼女は「和真さん、また来週」と手を振った。また来週? これからは、毎週土曜日は理子とお出かけすることになるのだろうか? だとしたら、それは悪くない――というか、むしろ嬉しい。


「和真さん、か……」


 ふっと頬を緩めて笑うと、俺はやってきた電車に乗った。


 ◇


 それから、毎週のように理子と会った。行き先は様々で、理子の自宅にお邪魔することもしばしばあった。亜美さんとも、中学高校時代を彷彿とさせる関係に戻った。なんだか、彼女が実の姉のように思えた。


 平日の夕方から夜にかけて、理子と会うこともあった。知り合ったときのように、俺はスーツ姿で理子は制服姿。会社の同僚や上司に出くわしたら、どう言い繕おうか悩んだものだったが、幸い今のところはまだ誰にも見られていない。


 俺と理子の関係性は言葉に表せない不思議なもので、それはしばらくの間変わらなかった。ずっと変わらないものだと思っていたが、『万物は流転する』なんて言葉があるとおり、きっと変わらないものなんてどこにも存在しないのだろう。


 均衡が崩れたのは――という表現はおかしいのかもしれないが――およそ四か月後のことだった。

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