第6話

 ドリンクバーを飲みながら、他愛もない話をする。ただ喋っているだけなのに、どうしてこんなにも楽しいんだろう? 久しぶりに味わう楽しさだった。相手は女子高生とはいえ、女性と二人で食事をするのは随分久しぶりのことだった。前に付き合っていた女性と別れて以来だろうか。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていった。

 理子はスマートフォンの画面に表示された時間を見て、「あっ」と小さく声を上げる。


「もうこんな時間。そろそろ、帰らないと……」

「そうだね。高校生があまり夜遅くまで出歩くのはよくない」


 旧時代的な考え方だろうか? つい口からまろびでる言葉が、なんだかおじさんくさく感じる。でも、高校生があまり夜遅くまで出歩いていると、警察に補導されてしまうかもしれない。亜美さんにも迷惑がかかるし、心配させてしまう。

 俺はスーツの上着を着ると、テーブルの片隅に置いてあった伝票を手に取った。すると、飯を奢るつもりだった理子が声をかけてくる。


「あのっ……」

「いいよいいよ。俺が支払うから」

「ですが――」

「高校生に飯を奢ってもらうほど、大人として落ちぶれちゃいないよ」


 抗議しようとする理子にそう言うと、彼女は何を言わずに引き下がった。

 ファミレスの代金なんてそう高くはない。二人合わせて二〇〇〇円ほどだった。だが、理子がバイトをしていないのなら、決して安くはない金額だ。


 高校時代、バイトをしてなかった俺は、毎月親からもらう小遣いだけでやりくりしていた。由香とのデート代を捻出するのにずいぶん苦労した記憶がある。お年玉を使って、使い果たしたら叔父さんに事情を話してお小遣いをもらったっけな。懐かしい。

 外に出ると、冷たい風が吹いていた。


「うおっ、寒っ」


 俺はスーツのポケットに両手を突っ込んだ。

 理子は制服のポケットからスマートフォンを取り出した。


「朝倉さん、よければ連絡先、教えていただけませんか?」

「ああ、うん。構わないよ」


 女子高生と連絡先を交換か、と少しやましい気持ちになったが、別に悪いことはしてない。俺のほうから聞いたわけでもないし。

 ささっと連絡先交換を終えると、俺たちは最寄りの駅に向かって歩き出した。


 街にはカップルがごまんといるが、俺たちはカップルには見えないのではないか。スーツ姿の男と制服姿の女子高生。怪しい関係に見られるかもしれない。会社の同僚に出くわさないことを祈ろう。

 道すがら、自宅の最寄り駅を尋ねたが、俺の家の最寄り駅とは別の方向だった。駅の改札を抜けるとお別れである。


「あの……今度、どこかにお出かけしませんか?」

「どこかって?」


 それにしても、『お出かけ』ってかわいらしい言い方だな。


「それはまだ決めてませんけど……お誘いしてもかまいませんか?」

「もちろん」


 俺が頷くと、理子は破顔した。

 今の俺に恋人はいないし、仕事以外は特別忙しくない。休みの日は本を読んだり、テレビを見たりとインドアな過ごし方をすることが多い。お出かけに誘ってくれたら、どこへでも行く所存である。


「それでは、その……また今度」

「じゃあね」


 控えめに手を振って階段を下りていく理子に、俺も手を振り返す。

 理子の姿が視界から消えると、俺もホームへの階段を下りていく。電光掲示板を見ると、次の電車が来るまであと三分ほどだ。


「お出かけ、か……」


 電車を待ちながら、俺はぽつりと呟いた。

 先ほどの会話を、俺は社交辞令の類だと思っている。連絡先の交換を求められたのには少し驚いたが、連絡先を交換したからといって、その後、連絡を頻繁に取り合うとは限らない。交換したはいいものの、それから一度も連絡を取っていない知人なんて山ほどいる。頻繁に連絡を取り合う相手などほんの一握りだけ。

 だから、理子と会うことはもうないのではないか、とすら俺は思っていた。


 向かいのホームに電車がやってきた。電車の窓越しに理子の姿が見える。理子は窓際に立つと、俺に向かって手を振った。電車が動き出し、理子の姿が横に流れていく。

 俺は口元をほころばせた。傍から見ると、一人で不気味に笑っている男に見えるかもしれない。

 やってきた電車に乗ると、つり革に掴まりながら俺は思った。


 理子とは長い付き合いになるかもしれないな、と――。

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