第4話

 適当に注文を済ませると、世間話でもしようかと口を開きかけた。しかし、世間話をしようにも、俺たちの間には一七くらいの年の差があるので、一体どんな話をすればいいのかわからず、開けた口をすぐに閉じるのだった。


「あの、朝倉さんはおいくつなんですか?」

「三三歳」

「お若いですね」

「そうかな? 君からしたら、俺はおっさんなんじゃないか?」

「そ、そんなことないですっ!」


 理子は慌てて否定した。


「とても若く見えますよ」

「ありがとう」


 お世辞なのか本心なのか判別がつかない。

 年齢のわりに若く見えると自分では思っている。しかし、自分で思っているだけで、傍から見れば年相応のルックスなのかもしれない。実際のところは不明だ。


「ええと……相馬さんは高校何年生?」

「一年です」

「そうか……」


 見事に一致する。

 彼女のことを『理子』と名前で呼ぶのは馴れ馴れしいのではばかられるが、かといって『相馬さん』と名字で呼ぶのも正直はばかられる。全国の相馬さんには申し訳ないが、相馬という名字にトラウマがあるのだ。

 さて、なんと呼ぶべきか……? 『君』とか『あなた』とか?

 そんなことを考えていると――。


「あの、実は少し気になることがあって……」


 と、理子に言われた。


「気になること?」

「ええ」


 そこで、理子はドリンクバーを注文していたことを思い出したようで。


「飲み物、取りに行ってきます。朝倉さんは何にしますか?」

「いや、自分で取りに行くよ」


 俺はスーツの上着を脱いで立ち上がる。

 ドリンクバーのコーナーには先客がいた。女子高生二人組が何種類かのドリンクを混ぜて、どす黒いオリジナルドリンクを制作している。俺も学生時代によくやったな、と懐かしい気分になる。

 コップの中に氷を少し入れて、ジンジャーエールのボタンを押した。理子はウーロン茶のボタンを押している。


 席に戻ると、店員が注文した料理を運んできた。さすがはファミレス。早い。

 俺はトマトソーススパゲティとマルゲリータピザ、理子はドリアとエビのサラダ、そして二人で食べるためのフライドポテト。


「いただきます」


 小さく囁くように言うと、理子はサラダを食べ始めた。

 いただきます、か……。俺も普段はしない食事前の挨拶をしてみる。

 サラダを二口食べて、ウーロン茶を一口飲むと、理子は先ほど中断した話の続きを話し始めた。


「気になることというのは、先ほどの公園でのことです。私が不良の方たちにナンパされる前、朝倉さんはベンチから私のことを見てましたよね。驚いたような様子で、興味深そうに」

「別に君をナンパしようとしていたわけじゃないよ」


 冗談だと思ったのか、理子は上品にくすくすと笑った。

 気づかれてないと思っていたのだが、どうやら理子の感覚は思っていたよりもずっと鋭敏なようだ。


「どうして、私のことをじろじろ見てたんですか? 何か深い理由があるんですよね」

「君が美少女だから、思わず魅入ってしまったんだ」

「美少女だなんてそんな……」


 理子は頬に手を当てて照れている。

 しかし、すぐに正気に戻ると、こちらを眼光鋭く睨みつけ、


「はぐらかさないでください」

「別にはぐらかしてなんてないよ」

「はぐらかしてます」

「うん……はぐらかしてるかも」


 俺はへらへら笑いながら、マルゲリータピザを食べる。

 理子は大きな瞳で俺のことをじいっと睨みつけ、無言で威圧感を与えてくる。その威圧感に耐えかねたというわけではないが、俺は正直に理子を見てた理由について話した。


「君が、昔付き合っていた女の子にとてもよく似ていたから、思わずじろじろ見てしまったんだ」

「昔、付き合っていた女の子?」


 そのおうむ返しは、話を詳しく聞かせてくれ、という意味だろう。

 正直、気が進まなかったが、いまさらごまかしや嘘は通用しないだろう。俺は詳しく話すことにする。


「その子は俺の幼馴染だったんだ。中学一年のときに告白して付き合い始めて、高校一年のときに別れた」

「別れた理由を教えてもらっても……?」

「浮気されたんだ」


 俺は寂しく笑って、ジンジャーエールを飲んだ。


「浮気相手は俺の友達だった……」

「まぁ……」


 理子は口に手を当てて絶句している。

 衝撃から解放された後、おずおずと謝った。


「その……すみません」

「いや、もうずっと前のことだから。気にしないで」


 その後、しばらく俺たちは黙ったまま食事をした。気まずい沈黙というわけではない。理子はドリアを少しずつ丁寧に食べながら、何か深刻そうに考えていた。

 やがて、理子は口を開いた。


「あの……元カノさんのお名前、教えていただけませんか?」

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