第3話

 高校時代の傷は、もちろんとうに癒えている。それでも、由香によく似た女子高生を見ただけで、あのときのことを思い出してしまった。

 女子高生のことを目で追いかける。


 由香は『美少女』と表現しても言い過ぎではないルックスだったが、その由香よりも彼女は美人だった。思えば、弘樹も端正なルックスをしていた。二人の子供が女の子だったなら、彼女くらいの年頃で、彼女のような美人だろうな。


 もしかしたら、彼女は二人の子供なんじゃないか? 

 頭に思い浮かんだ説を、馬鹿馬鹿しいと俺は一蹴した。そんなこと、あるわけがない。


 あまりじろじろと見ては、不審者に思われるかもしれないな。俺は彼女から目を逸らして、ビールを一口飲んだ。

 彼女の前方から、似たような年頃の不良少年たちがやってきた。いつの時代も不良はいるんだな、と見ていると――。


「ねえねえ、君」


 彼らは女子高生に声をかけた。

 いわゆるナンパというやつだろう。俺はナンパをしたことがないので、ナンパってこうやってするんだな、なんて思いながら様子を窺っていた。


 女子高生は「やめてください」と強く拒絶していた。どうやら、彼女を引っ張ってどこかに連れていこうとしているようだ。まさか誘拐ということはないだろうが、嫌がる少女をむりやり引っ張って遊びに連れていくのはよろしくない。


 俺はビールの缶を置いて、ベンチから立ち上がった。

 ずんずんと大股で彼女たちのもとへと向かうと、


「彼女、嫌がってるだろ」


 と、俺は強く言った。

 不良少年たちは、突然現れ口を挟んできた邪魔者に不快感を露わにして、


「なんだ、お前?」

「あー。彼女から手、離しなさい」


 俺は大人らしい口調を心がけて丁寧に言う。


「てめえには関係ないだろ」

「関係ないけどさ、むりやりなナンパはよくないと思うぞ」

「うるせえな」

「やっちゃうか?」


 にやにやして少年たちが話し合っている。

 自分たちのほうが人数が多いからか、それとも俺が喧嘩弱そうに見えるのか、彼らは実に余裕ありげな表情をしている。

 女子高生の手首を掴んでいる男の腕を、俺は強く掴んで引きはがした。


「いってえな!」


 短気な少年が殴り掛かってきたので、その一撃を避けながら足払いをかけた。彼は無様にすっ転んだ。他の三人の視線が一瞬、そちらに吸い寄せられたので、その隙に女子高生の手を取って走り出した。


「あ、おい、待てやっ!」


 もちろん、待つはずがない。

 不健康な生活をしているのか、四人の足は意外と遅かった。差がどんどん開き、すぐに撒くのに成功した。そのまま、何分か走る。二〇代のときより体力が落ちているのを実感する。それでも、わりと体を鍛えているので、ある程度は走れた。

 もう大丈夫だろう、と思ったところで俺たちは足を止めた。


「あのっ、ありがとうございます!」

「ああ、気にしないで」


 俺はひらひらと軽く手を振って、女子高生に微笑みかけた。

 それから、ゆっくり呼吸を整えると、現在地を確認して最寄り駅へと向かおうとした。


「それじゃ」

「ま、待ってください!」


 お別れの挨拶をした俺を、女子高生が慌てて呼び止める。


「うん? なにか?」

「助けていただきありがとうございます」


 もう一度礼を言って、彼女は頭を深々と下げた。


「私、相馬理子といいます」

「相馬……」


 弘樹の名字は『相馬』だ。

 めちゃくちゃ珍しい名字、というわけではない。むしろ、比較的多い名字ではあるが……。

 名字が相馬で、由香によく似ていて、年齢的にも一致している。これはもしかしてもしかするのかもしれない。


「お名前、教えていただけますか?」

「朝倉和真」

「朝倉さん」


 理子は歌うように呟いた。


「よろしければ、この後どこかお食事にでも行きませんか?」

「え……」

「駄目、ですか?」

「いや、駄目ってわけじゃないけど……」


 今日は金曜日で、明日明後日は休日である。なので、時間的には余裕がある。

 だがしかし、三〇過ぎた男が女子高生と二人で飯を食いに行って大丈夫なのだろうか? それ自体は犯罪ではないが、傍からどう見えるだろうか……? まずい関係に見えやしないか不安になる。


「お金のことなら大丈夫です。私が奢りますから」

「いや、高校生に奢らせるのはちょっとね」

「気にしないでください」

「気にするよ」


 奢る奢らないの話は置いておいて、とりあえず俺たちは目についたファミリーレストランに入った。ファミリーレストランに入るのは久しぶりで、女子高生と行くのは初めてのことだった。

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