これから評価されて、もっとすごい人になるんだから

 フェルノー王子の理不尽な言いがかり。

 耐えることしか出来ない――そう諦めて、気たる衝撃に備えて目を閉じていましたが



「大丈夫ですか、聖女様?」


 私に向かって飛来する宝玉は、レオナルドによって受け止められたのでした。



(いつ見てもとんでもない剣の腕ね……)

 

 魔法により飛来した宝玉は、なぜか彼の手の中に収められていました。

 剣で衝撃を殺し、そのまま回収したのでしょう。

 確かな技術力と優しさに裏打ちされた神業でした。



(そ、そんなことよりも……)


 レオナルドには騎士団の依頼があるはずです。

 どうして、ここにいるのでしょう?


「何のつもりだ、レオナルド」


 フェルノー王子は、自分の思う通りに物事が進まないことをひどく嫌います。

 せっかくの楽しみを邪魔され、不快そうにレオナルドを問い詰めました。



「聖女様に対して、明らかに不適切な態度が見受けられましたので」

「どけ。そこにいる人形聖女が、私に無礼を働いたのだ」


 私を庇うように立つレオナルド。

 フェルノー王子は苛立ったように、高圧的にそう命じます。



「これは必要な教育だ。

 悪いのはすべてそこの人形聖女だ。そうだな?」


 フェルノー王子は、私をギロリと睨みました。


(私が不甲斐ないばかりに――レオナルドは、ここに来てしまったんだ)


 私を庇うように立つレオナルドを見て、私は悟ってしまいます。

 私は足を引っ張ってばかりです。



 これ以上レオナルドがフェルノー王子に睨まれる前に。

 この場を丸く収めなければいけません。

 


「はい――。

 全て私のせいです」


「教育とは笑わせますね」


 感情を押し殺し、肯定しようとした私の声にかぶせるように。

 怒りのこもったレオナルドの低い声が響き渡りました。



「レ、レオナルド。

 何を言うんですか!?」


「ミリアお嬢様は黙っていてください。

 今日という今日は、もう我慢できません!」


 感情のままに叫ぶ彼には、回りの様子が見えていません。

 王子の娯楽を邪魔した愚か者。

 この場の貴族からの視線は冷ややかなものでした。 



「よってたかって、何の罪もないミリアお嬢様を傷つけて。

 これまでミリアお嬢様が、どれほど国に貢献したと思っているのですか?」


「貢献していたように見えるなら。

 欠陥品をうまく活用した教会の実績だ。

 こいつの聖女としての力は、歴代の聖女でも最低クラスだ」



 おろおろする私を置き去りにして、言い合いは続く。


「話になりませんね。

 本当にそう思ってるなら、おめでたい限りです」


 レオナルドは、そう啖呵たんかを切る。



「伝承の聖女は、王子と力を合わせて国を守護してきました。

 聖女の力をサポートして、その効果を何倍にも何十倍にも引き出すのが王子の役割です。

 ミリアお嬢様が力を発揮できなかった原因は――フェルノー王子、あなたです」



 その口から語られたのは、驚愕の事実でした。


「ふん、あまりに馬鹿馬鹿しい妄言だな。

 聖女がこの国を守護するというのは――歴史書に書かれた揺るぎようのない真実だ」


「結界に詳しいエルフから聞いた話です。

 まず間違いないと思いますけどね……何を信じるのも勝手ですけど」



 レオナルドはやれやれと首を振ります。



「ミリアお嬢様は、あなたの分まで必死で力を振るってきました。

 そんなミリアお嬢様に、あなたが何をしてきたか。

 少し考えてみてはいかがですか?」


「考え直すことなど何もないな。

 出来損ないは、どこまで行っても出来損ないだ。

 粗相をした平民に罰を与えるのは、貴族として当然のことだろう?」


 レオナルドの怒りを、フェルノー王子は嘲笑で返します。



「聖女の身分とて、すでに剥奪されている。

 これまで穀潰しを養ってきたことに感謝されど、責められる謂われはないだろう?」


「あなたは――ミリアお嬢様のことを何だと思って!」


 あまりの言い草に、レオナルドが噛みつきますが



「良いんです」


 私の口から出たのは、すべてを諦め呑み込んだ言葉。

 自分でもぞっとするほど、感情の籠らない冷たいもの。

 レオナルドは口惜しそうに、唇をかみました。


 主人がそう言う以上、従者である彼に口出しすることはできません。



(レオナルドは、こんなところで終わる人じゃない。

 ――これから評価されて、もっとすごい人になるんだから)


 

 スラム街の出身であることを馬鹿にされながらも、磨き続けた剣の腕は一級品です。

 たとえ表立って褒めるものはいなくても、ひそかに彼に一目置く人物は少なくありません。

 レオナルドは実力で逆境を跳ね返したのです。

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