SIDE: レオナルド これで少しは恩返しが出来ていますか?
幸い、集合時間までには猶予がある。
今から急いで戻れば、十分間に合うはずだ。
「送りだしてくれた、皆のためにも。
ミリアお嬢様のことは、絶対に守り抜く」
騎士団の仲間は、ミリアお嬢様を守るよう頼んできた。
身分のよる差別は騎士団の中にも浸透しており、平民上がりの者は使い捨ての駒のように死亡率の高い危険な依頼に送られることもザラであった。
彼らは平民でありながら聖女という重責を背負わされたミリアお嬢様に、非常に同情的だったのだ。
そのため、今日のフェルノー王子の「お触れ」の内容も気になっていたらしく。
依頼の集合場所に現れた僕を「何やってるんだよ!」と叱り飛ばしてくれた。
「おまえの抜けた穴ぐらい、俺たちで埋めておいてやるさ」
「レオナルドはしっかり聖女様をお守りするんだよ?」
そして快く、そう見送られたのだった。
「ミリアお嬢様に何かあったら許さない」
はやる気持ちを抑えて、僕は城へと向かう。
◇◆◇◆◇
フェルノー王子の「重大な知らせ」は、どうやらパーティー会場で発表されるようだった。
(これほど大々的なイベントだったのか)
パーティー会場には、大勢の高位貴族が集められていた。
きらびやかなドレスを見に纏った女性たちが、ワインを片手に談笑をする姿が視界に入る。
「聖女お付きのレオナルドです。
通してもらえますか?」
「招待状は持っているのかね?」
明らかに場にそぐわない僕を見て、受付係は怪訝な表情を浮かべる。
「持っていませんが、聖女様の傍に控えるのが僕の役目です」
「認められませんな。
聖女の付き人と言えば、元・奴隷というお話ではありませんか。
身の程をわきまえて頂きたい」
受付での門前払いを喰らう。
これも予測出来た事ではあった。
ギリっと歯ぎしりし、僕は中の様子を伺うことにする。
やたらと注目を集める一角があった。
そこにいるのは、フェルノー王子と……
(ミリアお嬢様!)
聖女の衣を見に纏い、フェルノー王子と向き合うのはこの国の聖女――ミリアお嬢様。
栗色のロングヘアーに、トレードマークの赤いふわふわとしたリボンが良く似合う。
クリクリっとした可愛らしい瞳には、フェルノー王子への微かな困惑の色が見て取れる。
尋常な空気ではない。
必死の表情で、何かを訴えるミリアお嬢様。
その様子を見た者たちは、まるで見世物でも見るようにあざ笑う。
(この国は腐ってる)
ミリアお嬢様の守護で、この国は安全が保たれているというのに。
ミリアお嬢様に対して、この国は何をした?
静かな怒りが、僕の胸を焼き焦がす。
あまりに日常になってしまった嫌がらせ。
どれほど歯がゆく思っても、それを止めても事態は好転しない。
止めようものなら――平民が貴族に逆らったと、理不尽な理由で罰せられるだろう。
その罰を受けるのが、僕ならばどうでも良い。
現実には守りたかったミリアお嬢様が、さらに手ひどく罰せられるのだ。
従者の責は主人の責だと、そんな建前のもとに。
そうすれば僕が何もできないと、奴らは理解しているのだ。
(……冷静になれ。
重大な知らせ、とやらは何なんだ?
これだけ大規模なパーティーだ。
ミリアお嬢様への嫌がらせだけが、目的だとは思えない)
注意深く様子を見る僕に、
「あの平民も必死だねえ。
さしもの人形聖女も、国外追放は耐えがたいのか」
受付係から、答えが与えられる。
「は? 国外追放だって」
「人形聖女は、この場で婚約破棄を言い渡されてね。
おまけに、王子の怒りを買ったんだね。
このままだと国外追放されることになるね」
「国外追放? 国外追放かっ!」
僕の胸を占めるのは、大切な主人を失う絶望ではなく――
(ミリアお嬢様を、これほど虐げてきた国から。
ようやく――ようやく出ていける!)
シンプルなまでの喜びであった。
思わず笑みが零れてしまう。
僕の反応が、思っていたものと違ったからだろう。
訝しげな表情で受付が僕を見返すが、そんなことも気にならないぐらいに僕は舞い上がっていた。
ミリアお嬢様にとって地獄でしかないこの国を。
ようやく出ていけるのだという安堵。
国から逃げだすことを、過去に提案した時がある。
その時は、あえなく断られた。
たとえどんな目に遭わされていても、聖女としての責務を放り出すのは無責任だと。
それは尊い判断で、僕なんかに曲げることは許されない気がして――ずるずるとここまで来てしまった。
諸手を上げて出ていける。
そんなことを考えていたが――
「フェルノー王子は、一体何をしようとしているんだっ!」
フェルノー王子は、手元からエメラルドグリーンの宝玉を取り出す。
そして発動させたのは投擲魔法。
投擲魔法で加速した宝玉は、あろうことかミリアお嬢様に向かっていくではないか。
嫌がらせに気丈に耐え、必死に表情を殺そうとしても。
ミリアお嬢様の瞳に映るのは、隠しようのない怯え。
ギュッと目を閉じる彼女を見て
(もう見てられない!)
僕を突き動かしたのは激しい怒り。
受付の制止も聞かずに、僕は一気に距離を詰めると愛刀を抜き――
飛来する宝玉を切り上げ、そのまま宝玉を受け止める。
これはミリアお嬢様の仕事道具だ。
長年の誇りが詰まったものだ。
傷ひとつ付けることは許さないし、許されない。
「聖女様、大丈夫ですか?」
おずおずと目を開けるミリアお嬢様。
目じりに薄っすら涙が滲んでいた。
「レオナルド!」
微笑みかけた僕を、ミリアお嬢様は可憐な声で呼ぶ。
「人形」と呼ばれるようになってしまったように――ミリアお嬢様は、感情表現が希薄だ。
それでもたしかに、僕を見て安堵の表情を浮かべてくれたんだ。
――こんな僕でも、これで少しは恩返しが出来ていますか?
胸の中でそう尋ねる。
(もうお嬢様を、こんな悪意の中には置いておけない)
ミリアお嬢様の人生をメチャクチャにしたのはこいつだ。
僕はフェルノー王子を、ギロリと睨みつけた。
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