SIDE:レオナルド 幼き日の出会い
僕――レオナルドは、胸に押し寄せる焦りを隠し城への道を駆けていた。
「重大な知らせがある」
大々的に出されたフェルノー王子からのお触れ。
この国の聖女についての通達だ、ともっぱらの噂。
「くそっ。
こんな美味しい依頼が回ってくるなんて――おかしいと思ったんだ」
自分の迂闊さに、反吐が出る。
緊急で入った魔物退治の依頼。
騎士団からの要請で、その討伐メンバーに加わることになっていたのだ。
(この依頼の目的は、僕をミリアお嬢様から引きはがすこと。
ミリアお嬢様の味方は、今のお城には誰もいない)
この依頼は、実績になりそうな美味しいもの。
普通であれば騎士団の上層部に睨まれている僕に、お呼びはかからないであろう代物。
そこまでして、ミリアお嬢様を単独で呼びつけた理由は何か?
どうせ、ろくでもない理由に決まっている。
「ミリアお嬢様。
どうして、何も言ってくれなかったのですか……?」
ミリアお嬢様に、今日の依頼の事を相談したとき。
フェルノー王子からの呼び出しを受けていたにも関わらず、彼女は僕のことを引き留めようとはなかった。
それどころか騎士団での待遇が上がりそうだと、我が事のように喜んでくれたのだ。
(僕の邪魔をしないように。
迷惑をかけないように。
――そう思ったんでしょうね)
依頼に集中できるように。
面倒ごとに巻き込まないように。
(元奴隷の従者なんて。
馬車馬のように扱き使われて、壊れたら捨てられても当然の世界。
――あの方は、やっぱり優しすぎる)
そんな主人だからこそ、全力でお仕えしたい。
そう――僕には、ミリアお嬢様には返しきれないほどの恩がある。
◇◆◇◆◇
僕は、元・奴隷だ。
ミリアお嬢様との出会いは、奴隷商から逃げ出しスラム街でその日暮らしをしていた頃だった。
聖女様がスラム街にやってくる。
そんな噂を聞いた僕の反応は「ふ~ん」というものであった。
地べたを這いつくばって生きる自分には、関係のないことだと。
華々しい世界の出来事だと、そう思っていたから。
「従者を探しているの」
話しかけられたのは、きっとほんの少しの偶然。
幼き日の聖女様は、クリクリっとした瞳を瞬かせ。
そんなことを言い放ったのだ。
「な、何の話だ。
なぜ従者を聖女様が自分で探しに来るんだ?
そもそもスラム街の者を、わざわざ従者に選ぶ意味もないだろう」
どうして天下の聖女様が、僕なんかを?
最初に感じたのは、胡散臭さであった。
「平民に仕える人なんて、誰もいないのよ……」
寂しそうに聖女様は呟く。
誇り高い騎士団の中に、平民である彼女の護衛を受け入れる者はいなかったというのだ。
困った彼女は、フェルノー王子に相談し――
「奴隷でも1人買ってきて、護衛とでもしておけ」
平民の従者なぞそれで十分だろう、と。
けんもほろろに追い返されたとのこと。
幼き日の僕にも、それがおかしな待遇だということは分かった。
聖女と言えば国を守護する要であり、国を挙げて歓待するべき重要人物。
明らかに冷遇されている。
それでも鬱屈した感情のまま――
「なら素直に奴隷を買えば良いだろう?」
「お金で人間を買うなんて、間違っています!」
そう言ってみれば、返ってきたのはあまりに正論。
スラム街で人間の醜いものを見てきてしまった僕にとって。
それは久しく忘れていた感情であった。
まじまじと見返す僕に
「たしかにこの国は、平民に冷たい。
それでも――私は諦めたくない。
立派な聖女になって、認めさせてやるんだ」
幼い口からは、そんな誓いの言葉が飛び出す。
その姿はあまりに聖女に相応しく――眩しすぎた。
「……なら、尚更。
僕なんかを選ぶ意味はないだろう?」
「同じだと思ったの。
生まれのせいで誰からも認められなくて――それでも諦めきない。
前を見ている者の、綺麗な瞳をしている」
聖女様の言葉は、なぜかストンと胸に落ちてきた。
一度スラム街に、奴隷に落ちてしまえば何の未来もない。
はした金で野垂死ぬまでこき使われる。
何のチャンスもなく、一生このままだ。
このまま終わってなるものか。
だとしても素直に認めるのも
「僕の何を知ってるんだ!」と皮肉を言おうとするも
「だから――お願いします」
名も無きスラム街の少年に、聖女様が頭を下げている。
その姿が衝撃的すぎて――僕は言葉を失ってしまい。
(これが――聖女・ミリア様。
お方の役に立ちたい)
幼いながら、自然とそう思えたのだ。
気が付いたら、聖女の従者となることを認めてしまっていたのだった。
◇◆◇◆◇
それからというもの。
救ってもらった恩を返すため。
自分なりに精一杯の研鑽を積み、聖女――否、ミリアお嬢様に仕えるに相応しい人間になろうとしてきた。
だからこそ大切な時に、こうして遠ざけられるのは余りに悔しい。
幸い、集合時間までには猶予がある。
今からは急いで戻れば、十分間に合うはずだ。
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