私の唯一の味方

(私はただの人形。

 命じられたことを、淡々とこなすだけのお人形。

 人形は泣かないし悲しまない)


 これまで心を守ってきた自衛手段。

 急速に心が冷え切り――私は説得を諦めました。



「何だ、その目は。

 聞いているのか!?」


 フェルノー王子は、なおも私を責めるような言葉を重ねますが


「申し訳ありません」

「……人形聖女め、ほんとうに眉一つ動かしやしない。

 極めて不愉快だ!」


 ――人形聖女



 そんな蔑称で、私を最初に呼んだのは誰でしょう。

 繰り返される嫌がらせに、心が疲弊するにつれ――私は自分に暗示をかけました。



(そうだ、私は人形なんだ。

 望まれたことを淡々とこなすだけの人形なんだ)

 

 人形は泣かないし悲しまない。

 怒らないし笑わない。

 期待もしない。

 ……だから何をされても大丈夫。



「不愉快な想いをさせてしまい、申し訳ありません」


 無表情のまま、私は頭を下げ続けます。

 フェルノー王子の癇癪はいつものこと。 

 怒りが通り過ぎるまで、ただ耐え忍ぶしかありません。



(普段は、泣き言ひとつ吐かずに働けと言うのに。

 ここでは楽しませるために、泣き叫べと――そう言うんですね)



 フェルノー王子との思い出。 

 最初から最後まで、本当に碌なものがありません。


 思い出すのは、この国に来たばかりの時。

 聖女としての最初の役割は、毎朝動けなくなるまで魔力を奉納することでした。

 魔力とは生命力の根源。フラフラになるまで吸い取られた苦しみは並大抵のものではなく。

 あまりの辛さに、唯一頼れる人物だと思っていた婚約者――フェルノー王子に泣きながら相談し――


「卑しい平民には、やはり聖女なぞ務まらんな」


 弱音を吐くのは、聖女の役割を甘く見ているからだと。

 怠慢の証拠だと折檻を受けました。


 フェルノー王子の口癖は「限界まで搾り取れ」でした。

 私が体調を崩して、ベッドで寝込んでいるときであっても容赦ありませんでした。


「聖女の伝説に泥を塗る出来損ないが。

 貴様に休む暇などあると思うな!」


 予定されていた儀式を休むことは許さないと。

 魔力不足で寝込む私をベッドから引きずりだし、徹夜で儀式を完遂させられたこともありました。



(思えば拷問みたいな毎日でしたね)


 そんな日々が、これで終わりになるなら。

 それでも良いのかもしれない――国外追放も甘んじて受け入れよう。

 そんなことを思いながら、私はフェルノー王子を冷めた目線で見返すのでした。




◇◆◇◆◇


「ねえ、フェルノー王子。

 平民でも血は赤いのかしら?」


 面白いことを思いついたとばかりに。

 レイニーが唐突に何かを言い出します。



(とつぜん、何を言い出すの?)


 レイニーさんの瞳に浮かぶのは、嗜虐的な表情。

 まるで幼い子供が、親に欲しいおもちゃでもねだるように。

 その行動の根源にあるのは、平民でありながらフェルノー王子の婚約者だった私に対する嫉妬でした。



「それは良い余興だな。

 どれ、少し試してみるとしようか」


 貴族様が平民を痛めつけるのに、特に理由はいりません。


 王子が懐から取り出したのは、人間の拳大の巨大なエメラルド色の宝玉でした。

 それは共に国を守ってきた、私の相棒とも言える仕事道具です。

 フェルノー王子はまるでゴミでも放るように、ポイッと私に放って寄こすと――


「せいぜい良い声で鳴いてくれよ?」



 お得意の投擲魔法を発動させました。

 宝玉は私を狙うように、急加速しながらこちらに飛来します。



 私が惨めに吹き飛ばされる様子を笑おうと、ニタニタと嫌な笑みを浮かべた貴族たちが近づいて来ます。

 この光景は退屈な貴族にとって、なによりの娯楽となっているようで。


(何で、こんなことをするの?

 こんなことをして、何が楽しいの……?)


 心底、理解できません。



(私は人形。

 人形は泣かない。悲しまない)



 ――もちろん、そんな筈はありません。


 罵られれば悲しい。

 あまりにも心無いことを言われれば、泣きたくもなります。



(怖い)


 思わずギュッと目を閉じます。

 私は襲い来る衝撃に身構え――



 ギーンッ!



 聞こえてきたのは、金属と金属がぶつかるような激しい音。

 おずおずと目を開けると、


「聖女様。大丈夫ですか?」

「レオナルド!」


 私のことを覗き込んでいたのは、私専属の従者でした。

 傍に控えることを許された従者であり――護衛でもあります。


 長めに伸ばした蒼髪の髪には、今日もピョコっとアホ毛が2本。

 おそらく手に持っている愛刀で、飛来する宝玉を防いだのでしょう。

 藍色の瞳には、こちらを気遣うような優しさが浮かんでいます。



(唯一の味方。

 私の――とても大切な人)



 レオナルドは私を安心させるように、静かに微笑みを浮かべると。

 ぎろりとフェルノー王子を睨みつけるのでした。 

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