第51話 最悪の決断
「五十嵐陸人ねえ。また、大物の名前が出てきたな。それに、あんまり醜聞もない人物だな」
翌日。長谷川も交えて今後のことを検討しようとなり、病院を訪れていた。
そして長谷川は、昨日の理土のように抜けた声でその名前を言っていた。
「醜聞を聞かないのは、すでに小林さんのことがあるからってところでしょうか」
「ああ、あるかもな。下手なことを起こすと愛人がいることもばれちまうし。となると、本当に誘拐なのかってのは謎になるけどな。そこまで一筋なんだろ」
「ううん」
理土と長谷川はそこでどうなんだと優弥を見る。
美莉を直接知るのは優弥だけだし、当時の人間関係をよく把握しているのも優弥だけだ。
「そうだな。自主的について行った可能性がないわけではない。しかし、それならばどうして野崎君がずっとあれを行方不明だとして扱っているのかが解らない。つまり、いなくなったのは唐突で間違いないんだよ。
それに、当時は警察も動いていたように、忽然と姿を消したのは間違いないんだ。両親も、その失踪の理由を知らなかったんだぞ。もし自主的について行ったのだとすれば、この辺りが説明できない」
「なるほどねえ。まあ、無理やりだったというのは覆さなくていいか。というか、覆しようがない」
「そうだな。そして、そうでなければ今までの夏輝の行動が説明できない。おそらく、あの時の電話の相手は五十嵐だったんだろう。そして何かを提示されたはずだ。そして、それが捩れに捩れ、今に至っていると考えるべきだろう」
「ふうむ。それが妖怪になる宣言に繋がるってことね。つまり、安倍からすれば不当に彼女を奪われたってわけか」
「ああ」
優弥は頷きつつも暗い顔をしていた。
事件の結末として、解決方法は存在しない。それが気持ちを重くしているのだろう。どうあっても、美莉を取り戻すには至らないのだ。
「安倍さんは、今も小林さんを取り返したいほど愛しているんでしょうか」
「さあな。奴の心情は解らないが、野崎君がある程度の協力をしていることを考えると、忘れられないのは事実だろう。その場合、俺は、夏輝を妖怪として戦うべきなのか、それとも友人として説得すべきなのか。解らなくなっている」
問題の複雑な一面はまだあるのかと、理土は優弥の言葉に唸ってしまった。つまり、この事件の着地点として、夏輝の立ち位置をどうすべきかも問題になると。
「妖怪として始末してほしいんじゃねえのか。今まで、お前に纏わりついていたわけだし」
長谷川は悩む必要なんてねえよと冷たい。
確かに、警察の立場とすれば見逃すわけにはいかない人物だ。前回の事件だって、事件に関係のなかった杉山真白は巻き込まれて殺された。夏輝が唆したせいで殺されたのだ。そのことを考えると、事件を起こしていた者として始末をつけたいだろう。
「どうして、安倍さんは犯罪に走ったんでしょう」
しかし、理土はどうにも納得できないことばかりだ。美莉がもう戻って来ないことは、五年前から解っていたはずだ。そして、どうにか取り返すには合法的ではない方法しかないと悩むことも解る。
けれども、夏輝のやっていることは苦しむことを増やすことばかりではないか。そんなの、本末転倒ではないか。
「恋愛におけるトラブルは、いつの時代も犯罪に繋がり易いからだろうな」
その疑問に対しての優弥の答えはシンプルだった。
夏輝が犯罪を唆した相手。理土の知る二人ともが恋愛トラブルの末に夏輝の言葉に乗ったのだと思い出す。
「そうさ。奴は意図してそういう類のトラブルに付け込んでいるんだ。つまりは――」
そこで優弥が目を見開いた。ひょっとしてと、何かに気づいた顔だ。
「どうした?」
「解った。夏輝が最後に何をしたいのか」
「それは?」
「夏輝が一週間後に決行しようとしているのは不法侵入じゃない。新たな殺人事件だ」
「何だと!?」
いきなりの急展開に、長谷川は思わず身体を起こしてしまった。当然、刺し傷に響く。ううっと唸ってベッドに倒れ込んだ。
「だ、大丈夫ですか」
「これくらい。それより藤木、お前の考えを聞かせろ。野崎のお嬢さんも絡んでいるんだろう」
長谷川は駆け寄った理土の手を振り払うと、刑事の顔をして優弥を見た。
その見抜いたことと自分の傷害事件に関係があるとすれば、警察に何らかの手を打たせたくないのでは。そう考えているのだ。
「そう。お前を不能にしたのは警告だ。それと同時に、事件の真相を見抜かせ、手出ししないようにするためだ」
「それって」
どういうことなのか。理土は妙に焦りを覚えた。
これはかなり良くないことが起ころうとしている。それが直感できる。そして、優弥もそれを言うことを躊躇っているのが解る。最悪の何かがスタートしてしまっているのだ。
「ああ、最悪だな。夏輝は野崎君を使って美莉と接触し、そして、その後はいつものように事件を起こして亡き者にするつもりだ」
「なっ」
それまでの取り戻すという前提を大きく覆す推理に、長谷川だけでなく理土も絶句してしまうのだった。
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