第49話 ヒントは身近にいる
「それはもちろん、この大学にも夏輝の手下がいるってことだろう。君はどうしてあの時、俺の研究室にやって来たんだ?」
「えっ。それは蘭子さんとも知り合いの先輩から」
そう言って、自分の顔が青くなるのが解った。
普段、ほとんど部室にすら姿を見せない和彦が、どうしてあの時いたのか。そして、どうして優弥を紹介すると言ったのか。それこそ、夏輝の指示による布石だったということか。
「そういうことだな。その先輩に話を聞く必要がありそうだ」
「は、はい」
「おいっ、ちゃんと報告しろよ」
慌てて病室を出て行く優弥と理土に向け、動けない長谷川は大声でそう怒鳴るのだった。
「おや、藤木先生も一緒ですか」
大学に舞い戻り、ひょっとしてとあのサークルの部室へと行くと、伊本和彦はそこにいた。そしてようやく来たかと苦笑している。が、優弥が一緒だとは思わなかったらしい。こんなにも行動的だとは知らなかったのだろう。
「時間がないんだ。知っている情報を総て吐いてもらおうか」
そして優弥はというと、こんな近くにヒントが落ちていたことに腹が立つのか、ずいっと詰め寄っていた。
「安倍さんについてってことですよね。知り合ったのは学会です」
「が、学会」
予想外の場所と思ったが、今はどうであれ夏輝は物理学者だった。学会に出入りするのは簡単か。
「なるほど。それは盲点だった。ということは、君も宇宙論を専門としているのか」
「ええ、そうです。で、面白い話に乗らないかと言われましてね。条件に合致する学生を探してくれと頼まれたんです。そこで、その条件に合致したのが」
「倉沢君だというわけか」
「はい。まさか殺人事件の容疑者に間違われるとは思いませんでした」
「つまり、そこまで深くは関わっていないと」
「そうですね。何だか危なそうだし、そこまで深入りはしていませんよ」
本当かどうか、和彦の態度からは読み取れなかった。しかし、そう簡単に白状しそうにない。
「夏輝から何か伝言されていないのか」
埒が明かないと感じたのは優弥も同じようで、質問を変えた。
別に和彦が関わっていようと、事件の本質とは関係ない。ただ、理土が自分の助手として選ばれた理由がはっきりしただけだ。
「そうでした。こちらです。それと、決行は一週間後だそうですよ」
にやっと笑って和彦はそう伝言を伝える。こちらですと差し出してきたのは、前回の事件で送られてきたような、大きな茶封筒だった。
「中は見たのか?」
「いいえ。見たら殺されそうなんで。あの人はマジでヤバいですからね」
和彦はそう言うと、ようやくお役御免だと苦笑する。どうやら理土が誤認逮捕されたあたりから、降りる時期はまだかと冷や冷やしていたらしい。
それはそうだ。自分もまた妙な容疑を掛けられるかもしれない。そんな疑惑が浮かんでも当然だろう。
「解った。君の行動に関しては不問にしよう。倉沢君、それでいいか」
「え、ええ」
もとより理土は和彦に仕返ししようなんて思っていない。ただ、やっぱりかと思っただけだ。この奇妙なサークルも、夏輝が指示して作らせたものなのだろう。大体にして存在意義のないサークルだ。
「そうだよ。あの人は言葉巧みなんだ。倉沢、気を付けろよ。まっ、先生がいるから大丈夫だろうけど」
そう言う和彦の顔は真剣で、夏輝に関わったことを後悔しているというのは本音だと理解する。それは優弥にも伝わったようで、封筒を持つ手にぎゅっと力が込められていた。
大学には風邪で休むと嘘を吐いているのでいると拙い。
そう優弥が主張するので、封筒を受け取った後は優弥の自宅へと舞い戻ることになった。
「そんな嘘を」
「仕方ないだろ。休講にするにはそれなりに理由がいる」
「まあ、そうですけど」
しかし、理由が小学生みたいでしょうよと理土はツッコミを入れたい。
が、事件に集中するにはまとめて休む必要があり、そうなると、大学で准教授をする優弥は風邪くらいしか理由がないわけか。
「一般企業みたいに代わりがいる仕事ってわけでもないからな」
「そうですね。他の先生だと教え方変わっちゃいますしね」
代わりに誰か頼むというのが簡単にできないのは解る。しかし、優弥は休講にすること自体が珍しいタイプの先生だからこそ、そうやって悩むのだろう。
「さて、それよりも問題はこれだ。しかも期限は一週間と区切られている。その間に、どうにか出来るかどうか」
優弥はがさごそと封筒を開けながらも、難しい問題だとぼやく。
それはそうだ。犯人を特定できたとしても、そこから先どうすればいいのか。どう解決するのが正しいのか。まだ何一つ解っていない。
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