第48話 メビウスの帯

「尻子玉というのは、水死体が膨張し筋肉が緩んだ状態では、尻の穴が大きくなることから言われているだけだ。つまりは後付けなんだよ」

「そ、そうだったんですか。そしてあまり知りたくなかった事実です」

 水死体から来てたなんてと、理土は顔を青ざめるしかない。

 じゃあ、尻子玉というのは存在しないのか。それはそれでがっかり。

「話が逸れたが、つまりは支配者層に反逆した人を妖怪としたってことだ。河童は河原に住むしかなかった人々のことだし、一本だたらや鬼は山に住んだ踏鞴たたら民のことなんだよ。まあ、鬼の中には渡来人も含まれただろうけどね。血を啜るというのはワインのことではないかと考察する人もいる」

「な、なるほど。踏鞴っていうと製鉄ですよね。確かに山の中か」

「そのとおり。踏鞴繋がりでいくと一つ目小僧も入ってくる。彼らの職業病で、どうしても片目を悪くしてしまうんだ。そこから一つ目小僧は生まれたと言われている」

「へえ」

 今、一気に妖怪が人間に置き換わったなと理土は口をあんぐり開けるしかない。

 そう言えば、弁財天だって過去にいた神様と一緒になりその神様は人間でというふうに、こちらも人間に置き換わっている。

 伝承って鵜呑みに出来ないんだと、理土は優弥と一緒に行動することで学習することになった。

「おい、今は妖怪講座をやっている場合じゃねえぞ。五年前と俺を刺した犯人を捜すんだよ」

「解ってるよ。しかし、こういう部分を抜かして考えると、夏輝の思考を読むことは不可能だ」

「ったく。ややこしい奴が噛んでいるせいで」

 腹が立つと舌打ちした長谷川だったが、その妖怪云々を抜かすと本質が見えないというのは、過去の事件で理解している。

「つまり、安倍さんは五年前の犯人に立ち向うために、あえて妖怪を名乗っているってことですか」

「そうだ。行方をくらまし、あえて犯罪の陰で動いているのも、そういうことが絡んでいるんだろう。つまり、犯罪行為でしか対抗できないと考えているんだろうな。しかし、自分が捕まってしまっては本末転倒だ。そこで、妖怪に登場願おうというわけさ」

「ううむ。何だかメビウスの帯みたいな話になってくるな」

 裏と表が入り乱れて、どちらがどちらか解らなくなる。長谷川はそれをメビウスの輪にたとえたのだ。理土は意外と頭がいいと感心する。

「お前、今、すげえ失礼なことを思っただろ」

「い、いえ」

 そしてこう認識を改めようとすると、鋭く気づく男だ。

 まったく、扱いに困る。というか、出会いが最悪だったのだから、頭の悪い粗暴な奴と認識していても仕方がないではないか。

 刑事なんだから馬鹿ではないとは知っているけれども。

「ということは、安倍は小林美莉を取り戻すために犯罪を厭わないってことだな」

「そうなるな。倉沢君の自宅に侵入してみせたのも、その布石かもしれない」

「ううむ。ということは、セキュリティを突破して犯人が小林美莉を匿っている家に侵入するつもりだと」

「最終的にはね」

 しかし、問題のその連れ去った犯人が解っていない。夏輝の行動が読めても肝心のここがまだなままだった。

「そこだろうな。どういう状況であれ、その犯人は小林を悪くは扱っていないだろうし」

「それは当然だろう。そうでなければ、夏輝はもっと早くに直接的な方法で取り戻していたはずだ。それは、言い換えれば直接的な方法では絶対に奪い返せないってことだ」

「となると」

 そんな人物は限られてくるが、確実に警察だって手出しし難い相手となってしまう。それはつまり、解決する手がないということではないか。

「あの。そうなると、蘭子さんはどうして不忍池にいたんですか。それと、どうして行方をくらましたんですか。ついでに、何で五年前の犯人も不忍池にいたんですか」

「あっ」

「そうだった」

 理土がおずおずと、しかし一気に質問したことに対し、長谷川も優弥も忘れていたと間の抜けた声を出す。

「意外と複雑だな」

「いや。ひょっとしたら釣りの最中だったのかもしれない」

「釣りだと。ああ、つまり野崎を使って五年前の犯人を炙り出す最中だったっていうのか?」

「そうだ。そこにお前が間抜けにも声を掛けようとして巻き込まれた。そう考えればすっきりする」

「いや、しねえ」

 間抜けってこいつじゃねえぞと、長谷川は理土を睨んできた。とんだとばっちりである。

「つまり、安倍さんはすでに犯人が誰か知っていて、小林さんと血縁関係のある蘭子さんを使って、犯人の手先を待ち伏せしてたってことですか?」

 とばっちりを受け流してそう要約すると、優弥はそうだと思うと頷いた。つまり、夏輝の復讐はすでに最終段階に入りつつあるということか。だから、ここに来て一気に動き出したと。

「そう。倉沢君を巻き込んだのも、野崎君が俺から離れるからだったんだ。代わりに助手を用意したということだろう」

「はあ」

 助手って。

 夏輝はいつそんなことを判断したのやら。

 そんなこと、解りようがない気がするが。

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