第46話 ポイ捨てされた!

「五年前の事件解決のヒントが弁財天にあるというのは間違っていない。しかし、それだけでは解けないんだよ。解るだろ? 相手は誰か。これをよく考えろとね」

 にやりと笑って、夏輝は伝言をさらっと言ってくれる。

 でも、弁財天の相手ってなんだ。すでにそれが暗号だ。どういうことかと問い返そうとしたら

「っつ」

 急に夏輝の手が離れ、何かを顔に吹きかけられる。持っているのは小さなガスボンベのようなものだ。その煙を思わず吸ってしまい、理土の意識はそこで途切れてしまったのだった。




「おいっ!」

「えっ」

 どのくらい気を失っていたのか。いきなり身体を揺すられて、理土はびっくりした。見ると目の前には優弥がいる。そして、家に居たはずだというのに見知らぬ場所。

「こ、ここは?」

「俺の家だ」

「えっ?」

 何で、どうしてと、理土は慌てて起き上がるときょろきょろと周囲を見渡す。

 確かに自分の家ではない。寝ているのも自分のベッドではなくソファで、目の前には立派な本棚。全体的に落ち着いた色合いの部屋は、どう考えても優弥の部屋らしい。

「ど、どうして」

「それはこっちが聞きたいね。家に戻ってみてびっくりだ。君が玄関前で寝込んでいるんだから」

「ええっ!?」

 それってつまり、夏輝はあの後、気絶した自分を優弥の家まで運んで放置したということか。

 何たる所業。今度会ったら優弥より先にぶん殴ってやる!

「どうやら酔い潰れていたわけではないらしいな」

 拳をぷるぷると震わせる理土に、何かあったんだなと優弥は溜め息を吐く。

「あ、当たり前ですよ。というか、キャンプの時にもいいましたけど、俺は下戸なんです。自ら酒を飲むなんてあり得ませんから」

「なるほど」

 必死に主張するその様子に、優弥は納得したと頷いた。というより、酒臭くないだろうと理土はげんなりする。

「それで、なぜ玄関先に倒れていたんだ?」

「そ、それです」

 そうだったと、理土は夏輝が部屋に現れたのだと語った。そして妙なヒントをもらい、煙を吹きかけられて気を失ったところも述べた。

「ほう。笑気ガスか何かだったんだろうな」

「はあ。まあ、気を失うものですからね。そういうのが妥当だとは思いますが」

 でもあれ、資格なしに使っちゃ駄目なのでは。

 そう思ったが、もはや終わったことだ。それに、わざわざ傷害罪で訴えるつもりもない。その前に殴る!

「それにしても、弁財天の相手、ね。つまり、触れてはヤバい相手というところか」

「えっ、そうなんですか」

「ああ」

 まさかあのヒントだけで通じるなんて。理土はびっくりしてしまう。しかも、噛み砕く必要なしではないか。

「噛み砕けというのは、自分が現れたことについてじゃないか」

「あ、ああ、そうか。急に部屋に現れたんですよね」

「手袋をしていたんだろ。だったら、玄関なりベランダなりから侵入したに決まっている。指紋を残さないようにしているんだからな」

「あ、そうか」

 顔に当たっているから気になったものだったが、そういう意図があって着けていたのか。ということは、どこかに侵入した形跡が残っているかもしれない。

「まあ、それを追い掛けても仕方がない。問題は夏輝が直接動き出したということだ」

「は、はい」

 そうだ。

 今までは陰でこそこそと動いていたというのに、今回は堂々と理土の前に現れた。さらには優弥の自宅前にも現れたのだ。この事実をどう考えるべきか。

「おそらく、夏輝は俺と倉沢君がセットで動くことは予想していたんだろう。しかし、野崎君はそれを想定していなかったらしいというのが疑問だな」

「そ、そうですね。あの文書、見られたくなかったみたいですし」

「となると、本当に野崎君は夏輝に賛同しているのか。そこが疑問になるな」

「えっ?」

 どういうことですかと聞き返すと、べちっと頭を叩かれた。

 酷い。しかし、それはちょっと考えれば解ることだという意味だ。

「つまり、あの文書を先生に見られたくない理由が存在するってことですか。パイプ役を引き受けたものの、先生には知られたくなかった。総てが終わったら、なかったことにしたかったってところでしょうか」

 考えられるのはこのくらいですけどと理土が優弥を見ると、満足そうに頷いた。つまり、優弥もそう推測しているということらしい。

「似たような能力がある以上、野崎君が夏輝に惹かれるのはどうしようもないことだ。しかし、何かが違うんだろうね。だからこそ、最後の最後で賛同できない何かがあるんだ。だから、分析こそしたものの、それは俺に知られたくないものとなった。しかし、不測の事態というのは起こる可能性があるから、君の声を鍵にしたってところか」

 ふむふむと、優弥はようやくすっきりしてきたと顔を引き締めた。それは病院での諦めモードとは明らかに違う。

「じゃあ、蘭子さんが上野公園にいたのも」

「何かがあるんだろうな。そして、二重スパイ状態だったのがばれた」

「なっ」

 じゃあ、蘭子がいなくなった理由は夏輝が連れ去ったから、ということか。

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