第45話 夏輝、現る
「問題は、野崎君の失踪と、お前が刺されたことは繋がっているのか。それは夏輝の指示なのか、というのが問題だ」
「だな」
諦めたように頷く長谷川は、何だかやるせなさそうだ。優弥よりもショックを受けている印象だった。
「あの、どうしたんですか?」
あまりに長谷川の表情がらしくないので、思わず確認してしまう。すると、意外とよくあることなんだよなあと、切なそうに言った。
「よくあるって」
「犯人に肩入れしてしまう被害者とか、被害者家族ってやつ」
「はあ」
「同情したって仕方ない相手だぜ。理解している場合じゃねえだろっていつも思うんだけどな。お前らの日常を壊したのはそいつじゃねえのかよって。でも、意外といるんだよ。だから、野崎も同じなのかなって」
「ううん」
この場合は一般的な同情とは違うからなと、理土も首を傾げてしまう。
二人には明確に繋がれるだけの接点というべきか、特殊な能力がある。しかも、まだ五年前の犯人が夏輝だと決まったわけではない。いや、すでに数々の事件の裏側にいるのは夏輝だから、犯人でもあるわけだが。
「ともかく、追うべき相手が二人になった」
その場の何とも言えない空気を振り払うように、優弥はそう言い切った。それに、理土も長谷川も渋々ながら頷くより他なかった。
「二人が繋がっている、か」
病院からそのまま自分のマンションに戻った理土は、何もやる気が起きないとベッドに寝転んでいた。
一体、今まで優弥は何を追い掛けていたのか。それが解らなくなってしまう一日だった。それが、訳が解らないままに巻き込まれた理土の気力も奪ってしまっている。
「藤木先生に、言えなかったんだろうか」
こんなことになる前に、優弥に直接言うことは出来たのではないか。そう思ってしまうが、あのデータだって優弥に見せる気はなかったのだとすると、絶対に言うつもりなかったということになる。
それが、より気分をどんよりとさせてしまう。
「何でなのかなあ」
今までずっと、監視するためだけにいたというのか。そんなことはないだろうと、蘭子の気持ちが解らなくなる。だって、一緒に研究している時が一番楽しそうだったのにと、それが何より引っ掛かってしまう。
「理由を知りたいかい?」
「えっ」
急に声が聞こえ、びくっと反応する。ここには自分一人のはず。玄関の鍵はちゃんと掛けたし、ベランダも開けていない。一体どこからだ。
「君ってやっぱり抜けてるね」
「なっ!?」
でもって、次に聞こえてきたのが悪口で、明らかに自分に向けられているものだと解った。でも、どこにいるんだ?
がばっとベッドから起き上がろうとしたが、急に伸びてきた手によってそれを阻まれた。そしてその手が理土の口を塞ぐ。
「うぐっ!?」
「どうも、初めまして」
「――」
それからぬっと現れた顔に、理土はびっくり仰天。というか、どちら様ですかというところだ。しかし、その初めて見た顔だが、すぐに誰かは解った。
優弥に負けず劣らずの整った顔。ついでに怪しい雰囲気満点。明らかに安倍夏輝だ。真っ黒な服を着ていて、手にも黒色の革の手袋をしているのが見て取れた。
「俺が誰かは理解できたようだな」
「んっ」
口を塞がれているので、取り敢えずこくこくと頷いておく。
それにしても、どうして自分の部屋に夏輝がいるのか。というか、どうやって入り込んだのか。ドアが開く気配なんてなかったというのに。
「君に伝言を頼みたいんだ。いいかな?」
オッケーと、ここでもまた頷くしかない。それにしても、蘭子もそうだがどうして自分を経由して優弥に伝えようとするのか。そんなに直接だと喋り難いのか。
「あいつに会ったら何をするか、解るだろう。まず真っ先に殴り掛かってくる」
そんな理土の疑問を表情から読み取ったらしく、夏輝はわざとらしく肩を竦めて言った。そりゃあ殴られるだろう。というか、一発殴られた方がいいと思う。
「ま、それはいいとして、伝言だ。五年前の事件を正確に解くためのヒントとでも言うべきかな」
「――」
ちょっと待て。
まだ五年前の事件に拘るのか。
そこが解らないと理土は睨んでおいた。今のところ、意思の伝達手段が目しかない。下手に身体を動かすと、夏輝が何をするか解らないせいだ。
「拘るよ。そこを正しく理解してくれないとね。そのために、野崎を送り込んだんだから」
「んんっ」
やはり手下というか、仲間だったのか。
それに思わず抗議の声を上げるが、夏輝はにやりと笑うのみだ。詳しく教える気はないらしい。全く以て腹が立つ。
「そして、優弥はすぐに頭に血が上るからな。まったく、准教授にまでなって未だに落ち着きがないというのは困るところだが、それは俺に対してのみだから仕方がないか。ともかく、お前が噛み砕いて伝言しろ」
最終的には命令かよと、理土は腹が立ってくる。
そういう言い方が優弥も怒る原因なのではないか。夏輝は明らかにこちらの神経を逆撫でする言い方を選んでいるようだ。
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