第43話 疑惑
「連れ去りや失踪の場合は、なかなか手掛かりが出ないものではあるけどね。それに、美莉が受け入れた可能性だってあるだろうし」
そこで優弥や寂しそうな顔をしたが、それがずっと優弥の考えていた仮説なのだと気づいた。
つまり、最初こそ事件であったが、今となっては美莉もまた犯人に協力的なのではないかという考えだ。
「そうか。当たり前になってしまっていると。ドメスティックバイオレンスとか、虐待とかでもそうですけど、それを受け入れてしまった方が楽だとすると、人はそちらに流れてしまう」
「ああ。最初は嫌だと主張したかもしれない。しかし、何らかの方法で逃げられなくなってしまった場合、その環境を受け入れるというのはあり得るんだ」
「な、なるほど」
死体となって出て来ないのならば、生きている可能性が高い。では生きている場合はどう考えるべきなのか。そういう推測からの仮説である。
「ただ、そうすると夏輝の行動が意味不明となる、という問題点がある」
「あ、そうか。わざわざ妖怪に近づいた理由ですね」
「そう。あの時の電話が誰からだったのか。それさえ解ればいいんだろうが、今更言っても仕方のないことだ」
「ですね。それに、まずは蘭子さんの行方を探らないと」
「ああ」
そうだったと、優弥も気を取り直して文書データをスクロールした。五年前の事件に関しての考察の下に、安倍夏輝についてという項目が出てくる。
「安倍さんに関して」
「ふむ」
なぜ夏輝に関してと思うが、妖怪に近づいたことに関して蘭子も色々と考えていたというわけだ。
妖怪になるとはどういうことか。そういうことが延々と考察されている。さすがは優弥のフィールドワークに付き合えるだけあって、蘭子も相当に民俗学に詳しいようだった。
「それはそうさ。彼女は違和感として捉えることが出来るんだ。それこそ、夏輝と同じく妖怪がいて当たり前なのさ」
「ということは、安倍さんもまた違和感を捉えることが出来たということですか。確か、視えたんですよね」
「ああ。視えるというのが事実かどうかは解らないが、そういうものに敏感だったのは確かだ。そして、そいつらに対して親近感を持っていたのも間違いない。だからこそ、本物であることを望んだんだ」
「ああ」
自分が見ているものが正しいと証明するために。そのためには科学で排除できるものは排除する。そうやって検証を可能にすることで、自分が見ているものを追い求めていた。
「そういうことだな。まあ、世の中には本当に科学では証明できないことはたくさんある。虫の知らせなんていい例だな。どういうわけか、人間にはそういう第六感的なものが働く瞬間がある。夏輝や野崎君の場合、そういう直感で捉えることが出来ること事象が人よりも多いということだろう」
「なるほど」
霊感と言ってしまうと、どうしてもテレビなんかのイメージで胡散臭さが漂ってしまうが、直感が鋭いとすると納得できてしまう。だから、蘭子は違和感と表現したのか。
「となると、夏輝に関して考察し、さらに上野に関して考えていく過程で、何かがあったというわけか。そして、俺が調査するより先に何かを確かめたかった」
「それって」
「違和感、なんだろうな」
それは事件に関してなのか、上野に関してなのか、それとも夏輝に関してなのか。ともかく、この文書を詳しく検討しなければ始まらないということか。
「そう簡単なものかな。この夏輝に関しての検証。これはつまり野崎君との能力比較みたいなもののようだよ」
「えっ」
慌てて理土はそれを覗き込んだ。
確かに、一体どうやって知ったのかと思うくらいに詳しく夏輝と蘭子の違いが書かれていた。
「野崎君はどこかで夏輝と繋がっていたのだろうか。だから、俺の副業を止めようとしたんだろうか」
ぽつりと優弥が呟く。そこには、どうしても追い付けないものに対する悔しさが滲んでいた。
翌日の午後。
長谷川が早くも目を覚ましたとの連絡を受け、理土と優弥は見舞いに行くことになった。
あれから文書データを印刷して二人で考察したものの、進展は全くなかった。というより、こんなものを残した理由が何なのか。そこが謎になってしまって、優弥がお手上げと匙を投げた。その理由はもちろん、蘭子は被害者ではないのかもしれないという可能性が浮上したせいだ。
思えば夏輝がタイミングよく事件を起こせたのも、蘭子という監視者がいたおかげなのかもしれない。蘭子が優弥の研究室に来たのは丁度五年前だ。
この奇妙な符号、そして同じ能力を持ち得るという可能性。さらには美莉といとこ関係にあること。その総てが夏輝と繋がっているように見えてしまった。
「長谷川の証言が重要になってくるな」
「ですね」
だから、この見舞いは少し気の重いものだった。
もし長谷川の証言から蘭子を類推する証言が得られたら。
もしくは繋がりを証明する何かが出てきたら。
そう思うと、聞きたくない気分になる。が、このまま放置していい問題ではない。
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