第40話 蘭子の家へ
「つまり、安倍さんが何かから脱出するためには、先生を引き込む必要があると考えているってことですか?」
「いや、そう考えると、まだ筋が通るっていうだけさ」
「ううむ」
確かにそういう仕組みの中にいるのならば、今回の夏輝の行動は説明できそうだ。しかし、似たような人が複数人いるかもしれず、しかも脱出するために優弥を引き込もうとしているとすると、ぞっとするだけだ。
「まあ、ともかく、野崎君の足取りを追うしかないな。何度かメールを入れたり電話したりしているが、一向に反応はない。電源が切られているようだ」
「ますます拙いですね」
何とかしないとと思うものの、どうすればいいのか解らない。いつしか二人は寛永寺の門前まで歩いていた。無意識のうちに本堂を目指していたようだ。そんな寛永寺の本堂前は、不忍池の付近の大騒動とは関係なしに、いつも通りひっそりとしていた。
「中に入りますか」
「いや、野崎君の家に行ってみよう」
ここで妖怪かもしれないなんて議論をしているより、実際の手掛かりを探そう。優弥は先ほどの考えを振り払うように首を振ると、先に車を停めた駐車場へと戻り始めた。
「蘭子さんも一人暮らしなんですね」
「そうだな。って、ずっと疑問だったんだが、どうして君は野崎君のことをそう呼ぶんだ?」
車を蘭子の一人暮らしをするマンション前に止めてから、優弥は今更な疑問をぶつけてきた。それに、蘭子さんが言ったんですよと理土は口を尖らせる。
「そうなのか?」
「はい。あんたに先輩と呼ばれるよりはこっちがマシだと。キャンプからの帰り道、苗字を呼ぶことを禁止されました」
「へえ。なるほど。野崎君は君に何かを感じ取ったのかな」
「えっ」
それって妖怪がいるとかですかと、理土は思わず後ろを振り返ってしまう。それに、優弥は苦笑した。
「妖怪かどうかは知らないけど、野崎君のアンテナが何かをキャッチしたんだろうな。ともかく、部屋まで行ってみようか」
「は、はい」
そう言われると、何だか部屋に近づきたくないなあと思う理土だ。何だかおっかない。しかし、ここで待っているのも変なので、優弥にくっ付いて行くより他なかった。
「確か二階だったな」
「はあ」
建物は五階建てで、理土が借りているマンションよりも小綺麗だった。女性向けということだろうか。何となく、建物の中もいい匂いがしている気がする。
「それは、シャンプーの匂いとかじゃないか」
「ああ。そうですね。そんな感じです。うちのマンションは男子が多く借りてるからか、こういう華やかな匂いって香って来ないんですよねえ」
「なるほど。確かに男性用シャンプーっていい匂いというよりは、メンソールって感じだよな」
優弥もそれは解る気がすると頷きつつ、階段で二階まで上がった。そしてすぐ進んだところに蘭子の部屋を発見する。
「ううん」
さすがに今時の若者は新聞を取っていないので、それで判断することは不可能だ。ドアの前に立ってみても留守かどうかは解らない。
「インターフォンはこれか」
ということで、優弥は躊躇いなくインターフォンを押した。しかし、中から人の動く気配はない。その後、何度か押してみたものの、蘭子はいないとの結論を得るだけだった。
「やはりか」
「ですね。でも、連れ去ったのは安倍さんってことですか」
「さあ。唆された誰かという可能性もあるし」
「ああ、そうか」
今までの事件は夏輝が誰かを唆して起こしていたものばかりだ。ということは、いくら今回が五年前の事件に関係あるかもしれないとしても、夏輝が直接動いているとは限らない。
「そういうことだ。特に、長谷川を刺すって行為は、やはりどう考えても夏輝らしくない」
「ですねえ」
今までの行動や話を聞く限り、安倍夏輝という人物は頭で考え、理論立てて行動するタイプだ。どうやら物理学者だった時も理論をやっていたみたいだし、というか、優弥と仲がいいのだから当然というべきだが、考えなしに動くタイプだとは思えない。
「そのとおり。もし長谷川に見られたのが突発的だったとしてもだ。それに」
「それに」
「長谷川は背中を刺されたと言っていた。つまり、不意打ちだったんだ。何かを見ていたのだとすれば、そして犯人がそれを阻止しようとしたのだったら、これはおかしい」
「あっ」
そうだ。もし見られたと思っての犯行だとすれば、刺し傷は前になければおかしい。後ろからぐさっと刺されることはないのだ。先ほどまで長谷川の衝撃的な姿が印象に残り、正常に思考できていなかった。
「そういうことだ。共犯者がいるのか、はたまた別の誰かなのか。いや、別と考えるのは難しいだろうが」
どうにもまだパーツが足りないなと、優弥は首を捻る。とはいえ、いつまでも蘭子の部屋の前にいるわけにはいかない。最後に無駄と知りつつ鍵を回すと、なんと開いた。優弥と理土は顔を見合わせ、そして次に廊下に人がいないのを確認。
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