第39話 七人みさき

「命に別状はないんですか?」

「おそらくは。とはいえ、これから精密検査です。止血は済んでいますので、失血で死ぬようなことはないですけど、内臓を痛めている可能性もあるとか」

 そう言いながら、植田は長谷川の寝かされた救急車へと向かった。そして、植田が言うほど楽観できない状況だと知る。そこは、すでに救命医が駆け付けて大騒ぎという状況だった。

「通報が早かったのが幸いしました。状況も明確に伝えられていたので、近くの救急病院から先生ごと駆け付けてくれたんです」

「なるほど」

 頷きつつも、優弥の顔は真っ青だ。そして、救急車の中、すでに簡単な処置の終わった長谷川はもっと青い顔をしている。

「ここで出来ることは終わりました。病院に運びます」

 措置をしていた医師が、救急車を病院に回すように指示する。それに優弥たちはお願いしますと頷くだけだ。

「すみません。さっきまでは会話できたんですけど」

「いえ。状況はよく解りました。後で病院を教えてもらえますか」

「もちろんです」

 互いの電話番号と名刺を交換し、そこで植田とは別れることにした。長谷川があの状況ということは、蘭子も無事ではないかもしれない。

「そうだ。だが」

 どう考えればいいのか。優弥は今までにないパターンに歯噛みしてしまう。

 不忍池の傍で長谷川が刺された。それは植田の証言と警察がそこを重点的に捜査しているので解る。しかし、どうして長谷川が刺されたのか。

「長谷川さんは、昨日の話を聞いて、上野を調べていたんでしょうか」

「その可能性はあるな。俺があまり語らないものだから、業を煮やしたのかもしれん」

 だからあんまり語りたくないんだと、優弥は舌打ちをする。そう言えば、あまり最初の時に理土に対して多くを語らなかったのも、知れば知るほど危険が増すからというのもあったのだ。

「ああ。夏輝は自分のことを知られることを、極端に嫌っているようだからな。とはいえ、君には名前を書いてまで封書を送ってきている。やはり、あの事件の真相に辿り着いたというわけか」

「ううん」

 だとすれば、その真相を優弥に話せばいいだけではないのか。夏輝のやっていることは、まるで自分が犯人だとでも言いたげだ。

「そう。そこが謎だ。とはいえ、今までの行動も多くの謎を含んでいたからな」

 優弥はそう言うと、ともかく寛永寺に行くかと足を向けた。このまま不忍池にいても、警察の捜査の邪魔になるだろうし、余計な疑いを掛けられかねない。

「先生の場合は大丈夫では?」

「どうだろうな。ともかく、野崎君の行方の手掛かりを追うぞ。どうやら怪我をしたのは長谷川ただ一人。となると、野崎君はまだ大丈夫だ。しかし」

「神隠し、ですか」

「ああ。その可能性は否定できない」

「じゃあ」

 長谷川はその神隠しの現場を見てしまい、刺されたのではないか。理土の指摘に、その可能性は高いと優弥は頷く。

「昨日の話をきっかけに、野崎君も下見をしておこうと考えた可能性は高い。そこを夏輝に見つかって」

 しかし、そこで優弥の言葉は途切れた。どうして夏輝が五年前の事件をなぞらえたような事件を起こさなければならないのか。そこが解らないからだ。

「そうですよね。もし安倍さんも疑われていたのだとして、今になって事件を再現してみせるってのは変ですよね」

「再現、か」

 それはそれで有り難くない話だと優弥は肩を竦める。もしそうだとすれば、五年前の事件も蘭子の行方も迷宮入りしてしまう。

「ああ、そうか。それに安倍さんが再現出来たとなると」

「そう。俄然、妖怪に近づいた奴の犯行という、訳の分からない結果が導かれてしまう」

「訳の分からないって」

 そういう仮定のもとに追ってたんですよねと、理土は思わず呆れてしまった。が、そう仮定しないとやっていられなかったというのが、優弥の本音かもしれない。なぜなら、優弥は常に科学で証明できることを前提として調べていた。それは理土が巻き込まれた事件でよく理解している。

「そう。俺は、夏輝のように心の底から妖怪がいるなんて思っていない。そこが、あいつとの決定的な差であり、俺がいくら追い掛けても追いつけない理由でもあるんだ」

 優弥はそこでふっと小さく溜め息を吐き出す。

 おそらくそれは、ずっと感じていたことなのだろう。だから、妖怪に関しては趣味に留め、ずっと物理学の研究を続けてこれた。すでに准教授となっている優弥にすれば、妖怪は文化の一つであって、実際に存在するものじゃない。

「それは、多くの人がそうだと思いますけど」

「ああ。だが、それでは五年前の事件も今回のことも解けない。おそらく、野崎君の行方は掴めないままになってしまう」

「そんな」

 それってつまり、夏輝は優弥に自分と同じになることを望んでいるということなのか。優弥も妖怪のようになればいい。それを、夏輝は望んでいるというのか。

「もしそうだとすると、それは七人みさきのようだな」

「七人みさき?」

 聞いたことのない単語に、理土は首を捻る。いや、流れからして妖怪の一種だということは解るが、どんな妖怪なのか全く想像できない。

「七人みさきは七人一組の妖怪でね。川辺や海にいる妖怪だ。そいつらは旅人を手招きするんだ。ここに来いってね」

「はあ」

「そしてその旅人が上手く自分たちのところ、つまり死んで七人みさきの一人になると、最初の一人は抜けることが出来る」

「えっ」

「つまり、誰かを身代わりにすることで抜けられる仕組みなんだ。そうすることで、ようやく成仏できるってことさ」

「――」

 その説明だけでも、何だかぞっと背筋が寒くなる。誰かを犠牲にしなければ自分が抜けることは出来ない。そのためだけに必死に手招きする七人の人。怖すぎる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る