第38話 襲撃
「それって」
だから蘭子は、木乃伊取りが木乃伊になると言ったのか。なるほど、総ては繋がっているのだ。
優弥は気まずそうに頭の後ろを掻き毟る。
「何というかな。そういう余計なことを考えていると、物理学の研究も捗るんだ。つまり、ここ二年ほど、俺は妖怪を研究しつつも物理学の研究も好調で、いわば、夏輝のことを忘れて生きていた」
「――」
「だから、奴はそろそろ気を引き締めさせようとしたのかもな。それはもちろん、五年前の事件を解く何かを知ることが出来たからだろう」
「ううむ」
そんな理由で巻き込まれた自分って何よと思ったが、しかし、優弥の名声を考えれば、五年前の事件に囚われずに生きていたというのは解る。優弥は、過去よりも今を選び取った。それが夏輝との大きな差なのだろう。
「そうなんだろうな」
それは優弥もすんなりと認めた。しかし、それを夏輝は許せないと思っていると。
「そう。奴はこれまでも定期的に事件を起こしてきた。俺が忘れていないか試すかのようにね。だから、倉沢君を巻き込んで事件を起こしたところから、何かがおかしいとは感じていた。今まではこの大学の周囲で事件を起こすことはあっても、この大学の学生を巻き込むようなことはなかった。だから、何かが始まったんだろうと」
「ああ、それで先生や蘭子さんはずっと名前を伏せていたんですね。この件に深く関わっているのならば、俺はどのくらいなのかを知るために」
「そういうことだ。が、君は要するに俺と夏輝を繋ぐパイプ役だと判断するには早かったけどね」
「そ、そうなんですか?」
「だって君、あまりに素直だから」
そこでくくっと優弥が笑う。そんなところで笑われるのは心外だが、ともかく、早い段階から理土を信頼してくれたのは解った。しかし、どのあたりでだろう。
「ああ、それはダチョウの卵を食べた時くらいから」
「早っ!」
しかし、キャンプの最中だと知って理土は仰け反ってしまう。それに優弥はさらにおかしそうに笑った。そんなに笑わなくてもいいのにと思ったが
「いや、すまない。どうにも君の前だと素が出てしまう」
という言葉が出たので、まあいいかという気分になった。ともかく、どうやら理土の存在は優弥にとって息抜きになっているらしい。
「そうだな。それより、倉沢君が来るのは予想外だったとして、野崎君には早めに来るように言っていたんだが」
「えっ?」
「上野を一通り見ておこうと思ってね。俺だけでは違和感は解らないから」
「ああ」
それは確かに蘭子にしか無理な相談だ。腕時計を確認するとすでに九時前。ちょっと早めにやって来た理土だが、このままだと一時間目の講義に遅れそうだ。
「あの、何時に約束したんですか」
「八時半だ」
優弥の顔が一気に真剣なものになる。そしてすぐにスマホを取り出して蘭子に電話したが、繋がらないと首を振る。
「まさか」
「ともかく上野に行ってみよう」
「俺も行きます」
理土もついて行くと言うと、一瞬何か言いたそうに止まった優弥だったが
「いいだろう。行こう」
このまま残して行くのも心配だと、同行を許可したのだった。
「あれ?」
「何だか騒がしいな」
優弥の車で上野まで向かい、適当な駐車場に車を停めて上野恩賜公園の中にある不忍池に向かったところ、何やら警察車両は止まっているし、わらわらと野次馬はいるしで大騒ぎだった。普段でも人の多い上野公園が、大混雑の様相を呈している。
「あ、藤木先生」
「ええっと」
そんな中をうろうろとしていると、バタバタと人混みを掻き分けて一人のスーツ姿の男がやって来た。その顔に理土は見覚えがあった。長谷川とコンビを組んでいる刑事だ。残念ながら、長谷川の印象が強烈過ぎて名前は憶えていない。
「捜一の植田です。その、こちらへ」
植田と名乗った刑事はともかくこっちへと優弥を引っ張っていく。一緒に理土が行くと何でお前がという顔をしたが、長谷川から聞いているのか文句は言わなかった。ただ、ちょっと気まずそうなのが長谷川との違いで、一応は誤認逮捕したことを反省しているらしい。
「一体何があったんですか?」
「長谷川が、襲われたんです。不忍池のほとり、丁度、弁天様のある辺りで後ろから刺されたんです」
「えっ!」
驚く理土に、だからお前かと疑ったのにという顔をする。やはり前言撤回。反省していたからではなく、逆恨みの犯行だと睨んでいたのにというわけか。
「どうやら俺と一緒に行動していて正解だったようだな」
「ですね」
危うく二度目の誤認逮捕されるところだった。理土はやっぱり刑事なんて大嫌いだとインプットし直した。
そんな会話はともかく、人混みを掻き分け、辿り着いたのは救急車だ。そこで応急処置が行われているという。
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