第37話 お守り

「解った」

 そこに優弥がぽんと手を叩いたので、理土と蘭子、それに長谷川がそちらに目を向けた。その優弥は、ここにあったものだと断言する。

「無くなっているものが解ったんですか?」

「ああ」

「何だったんだ?」

「お守りさ」

「お守り?」

 意外な答えに、というか、この部屋にはお守りの類や山のようにあるので、本当に一個だけ無くなったのが解るのか、そこが疑問だ。長谷川は怪訝な目で優弥を睨む。

「大丈夫。間違いようはないよ。だって、それは美莉が持っていたものなんだ」

「そ、そうなのか」

「ああ。それも、暗示的というべきか、それは寛永寺のものなんだよね」

 優弥の言葉に、理土はぞっとしてしまった。それってつまり、美莉は上野にちょくちょく行っていたということか。そして、触れてはならないものに触れてしまったと。

「いや、それは解らないよ。彼女は美術館がやっている展覧会に行くのが好きでね。よく上野に行っていたってだけだ。散歩ついでに寛永寺に寄っていたとしても不思議ではない」

「ああ。展覧会ですか。よくやってますね。ルノアール展とかルーブル美術館展とか」

「ちょっと待て。上野云々ってのはあれか」

「そう。美莉の失踪だ。そして君と再会する羽目になった因縁の事件もまた、そこから派生したものなんだ」

「なるほど。安倍の奴が多いに絡んでいるわけだな」

「そうだ。というか、君には概略を話していなかったっけ」

「上野で安倍の彼女が失踪して云々は聞いたけどな。それが妖怪の発端なのか」

「ああ。夏輝が妖怪になるべきだと決意するに至るね」

「ほう」

 そして今、その彼女が持っていたお守りを取りに来た。それはすなわち、夏輝は五年前の事件を解く鍵を手に入れたということか。

「そうなんだろう。そしてどういうわけか、あの時は他の雑多な物と一緒に置いて行ったお守りが、必要になった」

「ううん」

 これもまた謎の行動だ。当初は要らないと思っていたのに、今になっていると気づいた。それはどういうことなのだろう。

「さあな。ともかく、上野に行くしかないんだろうな」

 そう言った優弥だが、どうにも乗り気ではない感じであった。そして、その日はこのまま何もしないと決めてしまうのだった。




 翌日。何だか気になって、大学に着くなり優弥の研究室を訪れていた。理土がドアをノックすると

「開いている」

 という不機嫌な返事があった。

 よかった、あのままいなくなったわけではないらしい。

 そもそも、そう感じたのは、夏輝が大学からの電話だと嘘を吐いて優弥の前からいなくなったきり行方不明になった、という話を聞いていたせいだ。あのままいなくなったわけではなくてよかった。

「なるほどね。余計な心配を掛けたようだ」

「いえ」

 いつものようにパソコンの前にいる優弥に正直に早朝からの来意を告げたら、優弥は余計な心配を掛けたと申し訳なさそうだ。しかし、昨日と変わらずに不機嫌ではなく難しそうな顔をしている。

「あの」

「あの場では長谷川がいたからな。あまり詳しく語らなかっただけなんだ」

「そう、ですか。その、長谷川さんには知られたくないってことですか」

「まあね」

 何の因果か再会してしまったが、本当ならばこの件に巻き込みたくない。それが優弥の本音だという。それほどまでに、警察には手に負えない事件だとも断言する。

「それは、妖怪絡みだから、ですか」

「それもある。が、それだけじゃない。夏輝がどう変化しているのか、俺にも読めないというのがある。警察が関わることで、今回のように余計な殺人を増やすかもしれない。そう思うと、出来る限り俺だけで動きたい。まあ、野崎君や君にも手伝ってもらうことになるとは思うが」

 優弥はすぐに、君を置いて行くというわけではないと言った。それに理土はほっとすると同時に、どうしてと疑問に思う。

「簡単だ。君は夏輝に目を付けられている。危害を加えてくる可能性は十分に考えられるからな。それに野崎君もだ。夏輝とも美莉とも無縁ではない。が、長谷川は」

「刑事としてしか関われないってことですね」

「そうだ。奴にはあえて、夏輝が最初に変化することになった事件について詳しくは伝えていない。上野の龍を調べていたというのも話していないんだ」

「そうだったんですね」

「そう。奴が上野にいて、そしてその恋人は上野で失踪した。これを、警察が単純に考えるとどういう結論が導かれると思う?」

「あっ」

 そう言われて、理土は今までのことが走馬灯のように駆け巡る感覚に陥った。つまり、夏輝もまた警察に疑われていたということか。

「最有力容疑者であるのは間違いないだろう。しかも、夏輝は何かに取り憑かれたかのような顔をしていた。あの五年前の事件が進展しないのもまた、夏輝が失踪してしまったせいだ。容疑者がいなくなっただけなんだよ、警察からすればね」

「なるほど」

 警察を動かしたくない理由はそこにも絡んでくるのか。そしてだからこそ、この事件に関わっているメンバーは同じ境遇を一度は味あわせていると。

「ああ、そう考えるべきだろうな。君が巻き込まれたのは、事件が解決へと向かっているという合図だったんだろう。再び俺が夏輝の起こした事件を解き、そして、夏輝を追うように仕向けるために」

「ええっと、それって」

「ここしばらく、そんなことはやってなかったんだ」

 優弥は悪びれる様子もなく、ちょっとだけ肩を竦めた。その理由は普通に妖怪を研究するのが楽しかったのだとか。

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