第36話 夏輝の本当の目的
「そうですね。つまり、長谷川さんがちょろちょろと動いていても問題ないと。今回みたいに目論見が外れてもいいってことですか」
「そうなんじゃねえの。取り敢えず、P県に呼び出すことには成功しているわけだし」
「ううん」
何だか納得できない話だ。もちろん、夏輝はあわよくば警察に捕まってもらうと楽だと思っていたことだろう。
しかし、緻密に事件を企む夏輝の性格から逸脱する話だ。どう考えても、夏輝は長谷川が介入してくる要素を見落とすとは思えない。では、他に目的があったのではないか。実際は優弥をこの大学から離すことが目的だったのではないか。
「あっ」
「どうした?」
そこでふと思い当たる。あの優弥の部屋にある物の多くは、夏輝から引き継いだものだという。ひょっとして何か取りに来たのではないか。その間、優弥と鉢合わせるわけにはいかないから、P県に行かせた。
「なるほどな。確かにその方が安倍らしい。よし、行ってみよう」
たまには鋭いことを言うなと、長谷川は笑うと先に立ち上がったのだった。
「邪魔するぞ」
「何だ?」
長谷川がそう言って研究室のドアを開けると間髪入れずに返事があった。よかった、優弥は丁度よく在室していた。研究室の中は相変わらずごちゃごちゃとしていて、ここから何かが無くなっても解らないだろうなと理土は思う。それは長谷川も同じようで、ちょっとは片付けろよと小さくぼやく。
「用件がないなら帰れ。俺は忙しい」
「アホか。俺も忙しいんだよ。それより、っと、野崎さんもいたのか」
細い路地のようになっている足の踏み場を進み、先に抜けるとデスクで相変わらずパソコンを操作している優弥と、その前にちょこんと立つ蘭子の姿があった。
「私がいるのは当たり前でしょ。今、ベルの定理の拡張を共同研究しているんだから」
「は?」
蘭子の言い放った内容が理解できないらしい長谷川は、こいつは何を言っているんだという顔だ。
「蘭子さんは先生の共同研究者なんですよ。ベルの定理というのは量子力学の不確定性原理に関わる問題で――」
「ストップ。理解できないから解説しなくていい」
理土がすらすらと内容を述べ始めたのを、長谷川ずいっと手を翳して遮った。さらに頭が痛くなると付け加えてくる。
「そうですか。非常に面白い内容ですけど」
「それはお前らで勝手にやってくれ。そうじゃなくて、倉沢。さっきの話だ」
「ああ、はいはい」
そう言われて、理土もようやくここに来た目的を思い出した。そして手早く、この部屋から夏輝が持ち出した物はないか。もしくはわざわざ取りに来るような物はないかと訊ねた。
「なるほど。確実にこの研究室から追い出すための口実だったと。さらに土日とあれば学生に目撃される可能性も少ないってわけか」
「安倍ならやりそうなことね。それに神隠しと聞けば、先生が食いつくのは当然だし」
優弥だけでなく蘭子も理土の推測に同意してくれた。が、問題は何を取りに来たかだ。そして実際に無くなっているのかいないのか。
「それが問題だな。ざっと見る限りでは無くなっている物はなさそうだが」
「全部把握しているんですか」
「まさか。だが、大雑把には覚えている。何かの配置が換わったということもなさそうだし」
ううんと、そこでようやく優弥は立ち上がった。大きな物ではなく小さな物だろうなと一人で呟く。
「小さい物ねえ。五年前の事件に絡むものか」
「そうだと思う。そうでなければ、わざわざ神隠しを用意するとは思えない。夏輝は、自らを妖怪に堕としながら、それでもなお美莉の行方を追っているんだ」
「なるほどね」
つまり五年前の事件が総ての引き金なのだ。そして、それはどういうわけか、犯罪を唆すことにも繋がっている。何とも不思議な話だ。
「五年前の事件が神隠しだというのは間違いないのか」
「だろうね。が、安易に人間が関わっていないとは言えないところさ。いや、夏輝が妖怪として事件を起こしている以上、妖怪と名乗る人間が起こしていると考えるのが妥当だ」
「なるほどねえ」
つまり、夏輝は自らが同じになれば、美莉の行方を掴むことが可能だと考えているということか。
「そう単純には考えられないけどね。だって、手掛かりは一切ないんだもの」
しかし、意外にも蘭子はその可能性ばかりではない。本当に妖怪の可能性も残っていると考えているらしい。何だか不思議だ。普段の二人の関係からすると、意見が逆のように感じてしまう。
「野崎君は特殊だからねえ。夏輝と同様、そういう、霊的なものを感じ取れるんだ」
「えっ、霊感があるってことですか」
「そんな御大層なものじゃないわ。言うならば違和感を感じ取れるのよ」
「違和感」
飛び跳ねた理土に対し、蘭子は非常に冷たい目だ。どうやらそこらの霊感のある人とは違うらしい。それを違和感と表現しているのだ。
「そう。人間がやるにしては不可思議なこと。そういうのを察知できるのよ、なぜか」
「はあ。じゃあ、具体的に見えたりは?」
「しないわね」
ううむ、ややこしい能力のようだ。しかし、そこに何か奇妙なモノがいれば感じることが出来るということか。
「まあ、そうね。何かがおかしいと感じ取ることは出来るわ」
「なるほど。それで河原とかホテルで」
「そう。何かあれば感じ取れるから探していたわけ。でも、どちらもそんな違和感は存在しなかったわ」
「へえ」
だから蘭子は常に堂々としていられたというわけか。妙なモノがいれば違和感として解るから、それがないということはいないと結論付けられる。何とも便利だ。
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