第33話 緊張

「祠の中に人を隠すのは無理だけどな」

 優弥はより険しい顔をしていた。

 もしこの先にある祠が神隠しの伝承の元になっているのだとして、本当に生徒がいるのか。それは疑わしいと思っているようだ。神隠しを辿ることで犯人が絞り込めたはずなのに、どうして今更そんな懸念を持つのか。理土には不思議だった。

「もうすぐです」

 そこに三輪が鋭く言った。

 まるでそこに犯人がいるかのような緊張感が走る。理土も前方に目を向けて見ると、確かに目の前に開けた空間があった。寺があったせいだろう。今はなくなっていても、がらんとそこだけ木々がない。

「祠はこの開けた空間の先です」

「適当なところで車を停めてくれ」

 優弥は詳しく調べたいからと、元は寺の境内だった場所で停車するように長谷川に指示する。すると、長谷川は面倒だったのか、ど真ん中あたりで停車させた。

「何だよ? 迷わなくていいだろ」

「――まあいい」

 何か言いたげな優弥に向けて。長谷川は平然と言い放つ。おかげで優弥も文句を言うのが面倒になったようだ。それに今は車の位置で揉めている場合ではない。

「犯人がいなければ問題はない」

「そうだった。だが、どこにも車なんてないぜ」

「ああ」

 そういうことかと、理土も車の位置が気になった理由が解った。しかし、犯人も日曜日の朝早くから動く気はないのか、周囲に車はなかった。どこかにひっそりと停めている様子もない。

「気を付けるに越したことはないさ。あちらです」

 きょろきょろと同じく周囲に気を配っていた三輪も、大丈夫だと頷くと先に車を降りた。降りてからさらにちゃんと周囲を確認している。

 長谷川も続いて降りると、同じく周囲に目をやった。だが、運転していた長谷川が一番、ここに何があるかが見えている。やはり犯人の車らしきものはなかった。というより、雑草だらけの空間だ。歩くだけでバッタが飛んでくる。がさがさと音が鳴る。ここでこっそりと動くのは難しそうだ。

「周辺に車が通った跡がないか、確認してくれ」

「はいよ」

 優弥も安全だと判断して降りたが、長谷川にそれを頼んだ。ここが有力候補であるのは当初から間違いないのだ。犯人の痕跡がないか。間違って消してしまわないうちに確認しておくべきだと判断した。

「道の具合といい、誰かが通っていることは間違いないですよね」

「そうですね。三輪さんがかつて来られた時は」

「まあ、やんちゃなガキたちの遊び場でしたね。道に関しては覚えていませんが、こうやって雑草の生い茂る場所でしたよ。だから、秘密基地を作るには持ってこいだったんです。肝試しもだから、そういう過程でやろうってなったわけですからね。でも、ここ最近の子どもたちはどうかなあ。近づくなって学校で指導しているだろうし」

 三輪は最近は誰も遊んでないのではないか。周囲を見てそう感想を述べる。

 確かに子どもが秘密基地を作っているとすれば、何か解りやすいものが残っていそうなものだ。もしくは、犯人が勝手に片付けてしまったのか。

 理土もきょろきょろと周囲を見るが、ここにかつて寺があったという実感すらないままだった。要するにただの開けた空間である。

「おおい」

 そこに周囲を確認していた長谷川が、何かを発見して手を挙げた。

「あっ、祠がある方向です」

「行きましょう」

 その長谷川がいる位置の先に祠があると、三輪が顔を引き締めた。当然、優弥も顔が真剣になる。さて、その先にいるのは犯人か生徒か、それともただの祠か。もしくは、夏輝か。

「先生。安倍さんとその後直接会ったことって」

「あるよ。だが、一度だ。そこで、奴は自分が本物になったと言ったんだよ」

「本物」

 それは妖怪にということか。

 それにしても、どうして夏輝は妖怪になってしまったのか。調べていたのは妖怪になりたかったからなのか。その辺りの事情を知らないので、理土はどうにも奇妙に思えてくる。

「これ、土足痕だろ。ついでに、見えにくいが車が通った跡だな」

 刑事特有の目なのか。長谷川はこんな雑草だらけの場所から足跡と車のタイヤの跡を見事に発見していた。

 理土も覗き込んでみたが、足跡ははっきりと解った。下の土がぬかるんでいるために、くっきりと残っている。

「雑草のおかげで湿度が保たれ、証拠が残ったというところか」

 三輪がすぐにスマホを取り出して写真を撮る。これから祠に向かうので、うっかり消してしまった時の対策だ。周囲は雑草だらけなので、目印を付けていても間違って踏まない保証はない。

「さすがにこんな端っこだったら大丈夫だろう、という考えだな」

「まさにお前と真逆の発想だ」

 優弥の指摘に、ふんっと長谷川は鼻を鳴らした。あれが証拠保全のためだったのか単純に面倒だったのか。真相は解らないが、無事に犯人の痕跡を見つけられたわけか。

「ともかく、誰かが来たのは間違いないみたいだな」

「ああ。問題は犯人か、ただの物好きかってところか」

 そう言って長谷川はちらっと優弥を見る。

 ひょっとして夏輝の可能性もあるのか。それを気にしてのことだ。

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